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 遠くから一部始終を見ていた夏美は、顔を青ざめさせながら、体を震わせていた。

「まさか、こんなに凶悪だとは……」

 一刻も早く的葉を復活させなければならない所だが、彼女はそこで違う事に目を奪われてしまった。それは、勢いを増す、貯水池からの出水である。

 このまま放置すれば、下流で増水によって死傷者が出る事は必至だった。

 と、そこで、彼女のデバイスに着信が入る。見てみると、相手は神部だった。

「もしもし! 今、ちょっと手が離せないから、後で!」

『ええ!? ちょ、ちょっと待って。今、バスでようやくその辺りに到着したんだけど、俺らはどこに行けば……』

「! 今、どこにいるの?」

『えーっと、今は途中の……向出っていうバス停だけど』

「近くに川はある!?」

『ああ、そういえばあるね。でも、何で……』

「いい? よく聞いて。今、上流の貯水池が一部を壊されて水が流れ始めてるの。このままじゃ、いつ決壊して大洪水になるか分からないわ。とにかく、避難させないといけないの。アンタ、その辺りに詳しい人と協力して、人を逃がして頂戴!」

『わ、分かった。任せてくれ、この川は前に修行用の滝を探す為に遡った事があるから、大体何とかなると思う』

「イエッス! 最高だわ! じゃあ、頼んだわよ。私は的葉の加勢に行って来る!」

 夏美は一方的に通話を切ると、的葉の元へと走り出した。


 任せてくれと大見得をきったものの、実はそれほど自信の無かった神部だったが、使命感に突き動かされながら、行動を開始した。

 向出のバス停で降りると、すぐさま近くにある川べりの集落を目指した。とにかく、小島と手分けをして、近くの家に上流で事故があった事と、もうすぐ増水する事を言って回った。

 大人達は最初、怪訝そうな顔をしていたが、ほどなくして町内放送で同じ内容が流された事により、大慌てで様々な所へ連絡したりし始めた。

「あの、俺……これから下流の人らにも、伝えに行きます!」

「下は大丈夫だ! 同時に連絡が行ってるはずだし、下の方がしっかりと整備されているから、人の避難だけで済む」

「それじゃあ、もう大丈夫なんですね!」

「ああ!」

 その場にいた人間が一様に胸を撫で下ろした時、ただ一人だけが真っ青な顔でブルブルと震えていた。そして、躊躇いがちに、喋り出した。

「あ……あの……、今日は上流で地元の幼稚園の遠足があって……。もしかしたら今頃、川の近くにいるかも……」

 全員の顔から血の気が引いた。放送が聞こえていれば、きっと避難しているだろうが、もしもそれができないような状態だったら……と考えたのだ。

 皆がオロオロする中、神部が叫んだ。

「た、助けに行きましょう! 今すぐ、車で上流に行けば、間に合うと思います!」

「し、しかし……今、彼らがどこに居るのかも分からないのに」

「川べりの道を辿って探しましょう。上と下、両方から行くんです」

「ああ!」

 神部はその家で登山靴を借り、上流に向かって走り出した。

 ほとんど獣道のような道を走りながら、彼は必死で園児達の姿を探した。途中、偶然見つけた釣り人にも声をかけ、ひたすら走った。

 彼はパニック状態に陥った事ですっかり忘れていたが、実は後ろから小島少年が後を追いかけて来ていた。当然、大人と子供である、並走する事はできない。だが、神部は途中で立ち止まり、周囲を注意深く見回していた為、その差は十メートルほどの空きでほぼ固定されていた。

 と、その時、神部は向こう岸に数人の人影を発見した。間違いなく、例の園児達であった。

引率の先生は二人居たが、いずれも女性である。一人は川べりで泣きわめく園児達を宥めるので精一杯で、身動きがとれない状態だった。そして、もう一人は園児を背負うと、一人ずつ川を渡っていた。

「おーい! 早く上がって! そこは危険だぞー!!」

 神部の声に反応し、二人の内、園児を宥めていた一人が反応した。

「上がれないんです! 上流の橋が落ちていて、ここまで歩いて来てしまったんです!」

「何だって!?」

 周囲を見渡しても、確かに彼女らが登れそうな場所などなかった。そして、幸いにもこちら側に来れば、辛うじて上れる場所があるのも事実だった。

 神部は腹をくくると、河原に下りた。

「手伝います!」

 降り立ったその時、神部の目に映ったのは、恐怖に震える園児と、それを助けんが為に命がけで川を渡る女性。その表情に、凄まじいほどの使命感を燃え上がらせている。

 彼はほとんど無意識的に、ポケットに入っていたインスタントカメラを取り出していた。しかし、すぐに我に返って自分が何をしようとしているかを自覚すると、恥と自己嫌悪で怒りがこみあげ、すぐさまカメラを捨てて、川へと走った。

 幸いにも、川は大人であれば股の下くらいの深さしかなく、歩く事はできるようだった。

 園児の所にたどり着くと、手近な一人を肩に背負い、すぐに引き返した。

「もう大丈夫だから! すぐに助けが来るから!」

 神部は恐怖に震える園児を励ましながら、一心不乱に川を渡った。

 その様子を、上から小島は見ていた。彼は、自分が加わっても足手まといにしかならないのが分かっていたので、何もできずに立ち尽くしていたが、ある物に目を留めると、恐る恐る斜面を降りた。

 そして、神部が捨てたカメラを手に取ると、彼らの救助活動を撮影しだした。

 少しして神部が渡って来ると、その姿を見つけた。彼は複雑な表情のまま、小島に園児を託すと、

「写真はいい。それよりも、子供らを上に誘導してやってくれ」

「は、はい!」

 小島はカメラを仕舞うと、子供らを連れて斜面を登ろうとした。しかし、降りる分には容易かった坂も、登るのは難しい。しかも、連れているのは園児である。

 その時、斜面の上から数人の男が顔を出し、目が合った。

「おい! 大丈夫か!」

「登れないんです!」

「分かった! 待ってろ!」

 男は慣れた手つきで近くの大きな木にロープを結ぶと、それを下に垂らした。そして、すぐにロープを伝って数人の男達が素早く降りてきた。

 それから、彼らのほとんどは川に入って行って、園児を運ぶのに参加し、残った一人はすでに渡り切った園児を抱えて傾斜を登った。小島は意地があったのか、助力を拒んで自力で登り、すぐに避難した。

 数人の大人が参加すれば、渡河はすぐに終わった。丁度、全員が斜面を登り切った所で、上流から凄まじい勢いで水がやって来て、先ほどまで立っていた場所を水没させた。

 その場に居た全員が、その光景を目の当たりにし、一言も喋らずにただ恐怖に身を震わせた。

 しかし、何はともあれ、全員が無事で済み、怪我人を出す事は無かった。

 実は、ここよりも上流にも二人だけ釣り人が居たのだが、彼らは的葉達の戦闘を見て、恐怖で先に逃げ出していた。

 結果、奇跡的にもこの一件での死傷者はゼロだった。


 一方その頃、夏美は更なる脅威への対応を迫られていた。

 彼女はどうにか的葉の元へとたどり着くと、彼に呼びかけ続けた。

「起きて、的場! 起きて!」

 ほどなくして、彼の意識が覚醒し、目を覚ました。

「春日……。いや、夏美……」

「どっちでもいいわよ……。大丈夫? 体に違和感はある?」

「分からない。体中が痛い……」

「動かせるなら、順番に体を動かしていって」

「ああ……」

 的葉は右腕、左腕、両足、それぞれをゆっくりと動かしてみた。どうやら、骨折などの心配は無いらしい。しかし、体の至る所に熱や痛みがあると、口にした。

「君の作ったスーツはすごいものだ……。あれだけダメージを受けても、まだ動けるんだから」

「いいドライバーに恵まれたのもあるわ……」

「ははは、らしくない事を言うな。その様子を見ると、敵は元気一杯なんだろう? さて、そろそろ使いどころじゃないのか……?」

「アンタは分かってない。こんな状態でアレを使ったら、無事では済まないかもしれないのよ」

「何分なら大丈夫だ? 限界ギリギリの力を引き出して相手を圧倒したとして、何分以内なら……」

「…………五分。でも、それでも保障なんかできない」

「五分か。よし、それじゃあ早速……」

「今なら、まだ中止にできる。一度逃げたって、またリベンジできる……」

 見ると、彼女の表情は今まで見たことが無いほどに弱弱しかった。自分の身近な人間の死を目前に予期して、ついに奥底へ押し込んでいたものが溢れ出てしまったのだ。

 その様子を見て、的葉は語気を強めて言った。

「ぼくを失望させないでくれ。君は、修羅の道に進むと決めたんだろう? ぼくは、そんな君だからこそ乗ったんだ。夏美……全てと向き合うんだ。その結果、どうしようもないほどの失敗をしたっていいじゃないか。次を見つけてやり直せばいい」

「……命に次は無いわ。……アンタは、私みたいな人間に、全部くれるっていうの?」

「ああ、いいよ。全部くれてやるさ。だから、ぼくをアイツに勝たせてくれ」

「本気なのね?」

「くどいぞ」

 彼女は諦めたようにうな垂れると、溜息をついて顔を上げた。その目には、いつもの彼女の汚れた光を帯びた瞳が戻っていた。

「アンタの命、貰うわ。私を恨んで死んで頂戴」

「上等だ!」

 彼女は、自身のデバイスを取り出すと、赤色の円の形をしたアイコンをタップした。そして、画面に表示された空欄に八ケタの数字を打ち込んだ。

『キーロック解除』

 デバイスの画面には、赤いスイッチが表示される。彼女は一瞬の逡巡の後、力強くそれを押した。

「サンクション・ファンクション・ネイキッドアクタァァァ――――ッ!!」

 彼女の叫びに呼応するように、的葉の体中に金色の光が灯った。それらは彼の体を這うように廻ると、拳と腰に集中した。

 的葉は自分自身に力が満ち溢れるのを感じた。続いて、痛みを忘れ、奇妙な高揚感で満たされるようになった。

 彼はおもむろに立ち上がり、視線を上げて天を仰いだ。光は腰から外腿にかけて広がり、それは虫の羽のような模様となり、拳の光はナックルグローブの形になって手を包んだ。

「五分以内に片づけてくる」

 的葉はそれだけ言うと、地面を蹴って凄まじい速度で駆け、堰を飛び越えた。

 彼が降り立つと、鬼食はめざとく反応し、すぐさま向かってきた。しかし、どういうわけか、今度は動きが良く見え、彼はその攻撃を難なく躱していく。

 彼の中に万能感が湧き上がって来た。あれほど苦戦した相手でも、余裕を持って相対する事ができる。その自信が体を更に軽くさせた。

 虫の羽の模様が光りを放ち、彼の体を前へと運ぶ。それも、有り得ないほどの速度である。たった一瞬の超速力は彼を弾丸に変えた。

 的葉はそれを何度も使い、体ごと拳をぶつけていった。相手の殴られた場所には裂傷が生まれ、彼は確かな手ごたえを感じながら、何度も何度も殴りつけていった。

 その速度は段々と上がり、鬼食の巨体を後ろへ移動させていった。

 鬼食はついに大量の血反吐を吐き出した。

「がはぁっ! 何だよ、お前……その姿よぉ……」

「説明してやる気は無い。今すぐにくたばって貰う」

「何で俺が死ななきゃいけねーんだよ! 勝手に作りやがったくせに! 逃げ出した途端に殺すなんて正しいのかよ!」

「ああ、人間にとってはな。それにお前、勘違いしてるぞ。お前は研究所の人間を殺したじゃないか。どんな生き物であれ、人間を殺した奴は罰を受けるもんだ」

「……見逃せよ。お前らの提案を受けてやる。もう二度と人の前には現れない。それでいいんだろう?」

 突然の殊勝な態度に、的葉は動きを止めた。

「……お前にそれができるのか? 伴侶も作らず、ただ山奥でひっそり暮らせるのか?」

「ああ、できる。約束する。俺はもうお前らに関わらない。本当だ。信じてくれ! 礼儀正しい隣人になる!」

「………………」

 それを聞いた的葉は、おもむろに敵に背を向けた。すると、待ってましたと言わんばかりに鬼食は満面の笑みを浮かべると、巨大な牙をむき出しながら襲いかかった。

「バカがッ!! 誰がお前らなんか!」

「そうだと思った。墓石を足蹴にするような奴に……礼儀など期待するかァ!!」

 的葉は振り向きざまに飛び膝蹴りを相手の胸に叩きこんだ。鬼食の体はふわりと浮き、丁度顔が天を仰ぐ形となった。すぐさま飛び上がった的葉は、相手の顔と見合うような形になる。

「チクショウ……何だよお前……。普通の人間のくせによォ!!」

 もう、的葉の目に慈悲など欠片も無かった。

「ああ、そうだぼくは普通の人間だ。だから、このスーツを着て、お前を倒して、ぼくはヒーローになる」

 腿の模様が一際強く光を放った。

「あの子の為にッ!!」

 先ほどよりもさらに早く、強く、機関銃のようなラッシュは続いた。もはや、鬼食の形がほとんど残らないほど、彼は一心不乱に拳を振るった。

 鬼食は果たして、最後に断末魔をあげたのかどうか。的葉自身、思い出す事ができなかった。それほどに、頭に血が上っていたのだ。

「…………」

 欠片になった敵の体は、シュウシュウと音を立てながら溶けて消えた。そして、後には静寂が残った。

 的葉は再び飛び上がると、彼女の元へと向かった。

彼の無事な姿を見てとり、夏美は大粒の涙を流して喜んだ。

 的葉は、広げられた腕に迎えられ、最後に変身解除とだけ呟いて、意識を無くした。


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