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隠し玉

 神部が無事に仕事終えた時、春日は丁度、偽教頭との会話を開始しようとしていた。まさに、今から話しかけんとした時にデバイスが鳴ったものだから、彼女は思わず笑ってしまった。まさか、ここまでトントンと上手く繋がるとは思っていなかったのだ。

 ちょっと失礼、と断ってから、春日は電話に出た。

「もしもし」

『あー、ボス? こっちは上手くいったよ。証拠も確認したし、破棄させたから』

「ベリーグッドよ。それじゃあ、適当に待機しておいて頂戴。実はね、お客さんが意外と紳士で集合時間の十分前に来てんのよ。これから楽しい楽しい交渉の時間だから、悪いけど切るわね」

『了解。気を付けて』

「それじゃ、お疲れ様―」

 春日は通信を切り、デバイスをポケットに仕舞った。

「待たせて悪いわねー。それじゃあ、お話しましょうか、鬼食さん」

 その言葉を聞いた瞬間、偽教頭は憎々しげな笑みを浮かべ、彼女をにらみつけた。

「まさか、そっちの名前で呼ばれるとはね」

「あら、虫男さんのほうが良かった? 私はどっちでもいいんだけど」

「ふん」

「まあ、いいわ。それじゃあ交渉といきましょうか」

「交渉? バカを言うな。お前がどこの誰かは知らないが、そんな事を許すわけが無いだろう。今すぐ首と胴を切り離してやろうか」

「強気ねぇ。でも、話くらいは聞くべきだと思うわよ。こっちは一応、譲歩案を持って来たんだから」

「ハッ! ろくでもない案としか思えないな」

 春日はニヤニヤと笑いながら、鞄から一枚の紙を取り出して読み始めた。

「我々は、アンタが人里離れた森の奥でひっそりと暮らすというのであれば、今後一切の接触を絶つ事を約束するわ。どう? 魅力的じゃない?」

「ダメだな。俺は雌を復活させなければならない。このまま一人でひっそり生きて死ぬなんてできない」

「アンタの同類はこの世にはもう居ないし、雌も死に絶えた。一人で生きる以外の選択肢なんて無いと思うけど?」

「さあて、それはどうかな」

 偽教頭は春日に近寄ると、擬態を解除した。黒と緑色が基調の、人間に無理やり虫を混ぜたような不気味な姿。頭からは小さな触角が出ており、赤色の大きな複眼が彼女をにらんでいた。

「大方、研究所の生き残りだろうが、お前たちの意見など聞く気は無い。譲歩もしない。今すぐ殺してやる」

 鬼食はその手にある鋭い爪を彼女に突きつけた。

「アンタに私は殺せないわ。それは絶対なのよ」

「……そんなハッタリが通用するはずもないと教えてやる」

「ハッタリじゃないわ。残念ながら、真実なの」

 春日はおもむろにメガネへ手を伸ばした。

「私はここから数年後の世界から来た湯船夏美。タイムマシンを開発する最初の人間。そう、アンタが繁殖することができる最後の希望だからよ」

 その言葉を聞き、鬼食はピタリと動きと止めた上に、明らかな動揺を見せた。

 彼女がそのタイミングを外すはずもなく、メガネの縁を持ってクイと上げ直した。

 その合図を見て取り、木の上から的葉が殺到する。むしりとるように、鬼食の背中にあった器官をもぎ取った。

「うがあああああああああ!」

 鬼食は苦痛の咆哮を上げ、自身に攻撃した相手を見た。そこには、大理石のような色をした、蟷螂のようなフォルムの男。

的葉は、その手に持っていたものを、地面に落とすと、思いっきり踏みつぶした。

「初めまして、鬼食。色々と世話になったな。未来から、お前を殺しに来たぞ」

「なああああ! 何だ貴様ら! 何だああああああ!」

 狼狽える鬼食を見ながら、春日――――否、湯船夏美は笑った。

「あっはっはっは! いいリアクションだわ! 芸人なら満点だな! ご褒美だ。お前に未来を教えてやろう。私、湯船夏美はいじめが原因で転校した後、思う存分に研究に没頭してタイムマシンを開発する。そいつを使えばお前は自分のツガイを過去から連れて来る事が可能になるわけだよ」

「はぁ……はぁ……ふはは、なるほどそういう事か! なるほどだ!」

「悪いけど、アンタに私の大発明を使わせたくないの。だから、逆にお前を抹殺するのに使わせて貰ったわ! あっはっは!」

「……随分とよく喋るようになったな。ガキの頃は無口だったって言うのに」

「アンタのおかげでね! お礼は言わないわよ。まあ、自分で腹かっさばいてくれたら、考えてあげない事も無いわよ?」

「誰がッ!!」

 鬼食が手を出そうとした時、すでに的葉はすぐ近くまで来ていた。後ろからミドルキックを横腹に叩き込むと、鬼食はもんどりうちながら転がって行く。そのままフェンスに激突するかと思ったが、手前で体勢を整えた。

 鬼食はターゲットを的葉に変え、素早く近寄ってきた。拳を振るうも、すでに精彩は無く、難なく躱され、地面にへたり込んだ。そして、口元に手を当てると、激しくせき込んだのだった。

 その姿を見て、的葉は拳を握りしめ、渾身の力を込めて振るわんと振りかぶった。しかし、その瞬間、鬼食は手の内に溜まっていた血を的葉の目に投げつけた。

 視界を防がれて怯んだ隙に、敵はお返しとばかりに横腹に蹴りを入れると、一目散に逃げ出した。

「ま、待て……!」

 まさに脱兎の如く。一度も振り返る事なく、鬼食は逃げて行った。的葉はすぐに後を追おうとしたが、それは夏美に制止されてしまった。

「相手の擬態器官は潰した。これで、そうそう遠くに逃げられる事は無いわ。それに、ここでこれ以上戦闘をしない方が良さそう。一応、町中だからね」

「ああ、分かった……」

「オーケー。焦らなくていい。相手の行きそうな場所を考えると……やっぱり教頭の家かしらね。連絡しないと」

 夏美は神部と連絡を取ると、鬼食を仕留めそこなった事と、相手が行きそうな場所の候補に教頭の家がある事を伝えた。

 それを聞きながら、的葉はポツリと零した。

「……違う。アイツの行き先は、蓑頭霊園だ」

「蓑頭霊園? 何か確信でもあるわけ?」

「最初の日、教頭の机近くにあったゴミ箱の中に、蓑頭霊園行きのバスについて書かれてあるピンクの付箋が捨てられていた」

「それがどうしたっていうのよ。ただのゴミかもしれないじゃない」

「個人的なメモを捨てる時、握りつぶすもんじゃないのか。それに、糊が付いているんだから尚更だ。ゴミを回収する時に引っ付いたら面倒じゃないか」

「……ふぅん、なるほどね。教頭だと判明した事で、そういう可能性が濃厚になったわけなのね。オッケイ、それじゃあ神部に言って教頭に聞いて貰うわ」

「ああ、頼む」

 夏美は再び通話に戻ると、神部に指示を飛ばした。

 神部はまだ教頭の家から、それほど離れた場所に居なかったせいなのか、すぐに返答があった。

『もしもし、湯船さん? 教頭が言うには、そこには奥さんのお墓があるって』

「あー、当たり臭いわね。お墓の具体的な場所は?」

『…………。えーっと、段々になってるんだけど、そこの上から二つ目だって。結構、山の奥みたいだよ』

「分かったわ。どうも」

 通話を切ると、夏美は的葉に向き直った。

「的葉、教頭の奥さんのお墓に行くわよ。さて、問題はバスで間に合うかだけど……」

「バスでは遅い。あまりにも時間がかかり過ぎる」

「といっても、タクシーもすぐに捕まりそうにないし、しかも硬貨しか持ってないし」

「なあ、このデバイスで変身と見えなくなる奴は一緒に使えないんだよな?」

「そうね、どっちかを起動したら片方は無理ね」

「じゃあ、ぼくが君を抱えて、その状態で君のデバイスを使ったらどうなる?」

「! なるほど、その手があったわね。それなら何とかなるかも。早速やってみましょう」

 的葉は夏美を、いわゆるお姫様抱っこで、抱えてやった。

「そんじゃあ、起動するわよ」

 彼女が画面をタップすると、例の酔うような感覚の後に、無事二人共が姿を消す事ができた。

「成功ね! さあ、的葉。バリバリ追うわよ」

「了解!」

 的葉は強く地面を蹴ると、フェンスの上に飛び乗り、そこから更に高く飛んで、民家の屋根に着地した。そして、踏み壊す事の無いように注意しながら、飛び石を移動するように走って行った。

「……なあ。お前って、本当にあの夏美なのか?」

「あら、こんな時に聞くのね。まあ、いいわ。そうよ、私は湯船夏美。春日は偽名だわ」

「どうして、最初に教えてくれなかったんだよ」

「ごめんなさい。でも、最後の切り札は絶対に隠しておきたかったのよ。どこかで嗅ぎつけられるような事は絶対にあってはならなかった。何故なら、これはもろ刃の剣だもの。先に相手に知られていたら、大変な事になっていたわ」

「そうか……。全て話してくれるって約束だったけど、こういう事だったのか」

「何よ、もっと大きな事だと思ってた?」

「いやいや、十分に大きいさ。本当にビックリした。でも、良かったよ。あの頃の湯船夏美がこんなに元気になっててさ」

「ありがとう。まあ、色々あったけど、ようやくここまで来れた。感謝してるわ」

「それはまだ早い。ちゃんとアイツを倒してから、だな」

「そうね」

 それから二人は一言も口を聞かず、ただひたすら目的地である蓑頭霊園を目指した。

 霊園に着くと、夏美は一旦、見えなくなる機能を停止させた。すると、どういうわけか的葉の変身も解けてしまった。

「おお、こうなるのか」

「そうかもしれないと思ってたわ。まあ、これでいきなり変身解除しちゃってピンチになる事は無くなったわね。危ない危ない」

「よし、それじゃあ登るぞ」

「オーケー。油断しないでよ。あと、ちゃんと守ってね」

「分かってるよ」

 小走りで山を登ると、広い墓地に出た。近くの看板を確認してみると、どうやらそこが二段目のエリアであるらしかった。

 ゆっくりと近づくと、森の入り口付近で沢山の蟻人間が群がっているのが見えた。よくよく観察してみると、鬼食が蟻達から種のようなものを取り出し、それを接種していたのだった。

「絶賛回復中ってわけね。私は離れてるから、今度こそ頼んだわよ」

「了解」

 的葉は十メートルほどの所で立ち止まると、デバイスを左手で握り直した。そして、逆三角形のアイコンをタッチし、学生服をはだけさせると、露出したTシャツにデバイスを押し当て、横に走らせた。

『キーロック解除』

 ガイド音声に気づいたのか、蟻人間の集団は一斉にこちらを向いた。鬼食は憎々しげに毒づくと、数匹を残して、五体に迎撃するよう指示を出した。

 五体の蟻人間が彼に目がけてやってくる。

「…………変身!」

 的葉は左の腋を締めてデバイスを構えると、右手の薬指で画面を勢いよく擦った。そして、そのまま右手を顔の前に構える。

 画面の中でオレンジのボールが高速回転して形を変え、ピタリと止まる。そして、デバイスの端から根が出てくると、彼は構えた右手をそのまま右目の所に沿えた。

オレンジの根は、最初の頃とは比べものにならないほどスムーズに全身へ広がり、数秒で彼の姿を変えさせた。

 完了と同時に彼が右手をどけると、下には、コバルトブルーの瞳が輝いていた。

 的葉は 一度両腕をクロスし、それを解きながら、気合いの声を上げ、戦う為の構えをとった。

「さあ、やるか」


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