開始
「コングラチュレイション! これで、一応は当てはまったわけじゃない。アンタは自信なさそうだけど、要は結果よ。正解さえすればいいの」
「君は名探偵に向いてないみたいだね」
「もちろん。それから、アンタもね」
「まったくもってその通りだよ」
春日は嬉しそうに笑うと、立ち上がって自分の部屋へと入って行った。見てみると、彼女が居た場所にあったお菓子は、全て無くなってしまっていた。
「いやあ、加賀くん。何だかドキドキしたよ。君は何て言うか、天才だね」
「それはあり得ないです。多分、色々と分かっている事が多かったからですよ。それに、想像力を鍛えるような事はたくさんしましたから」
「へえ、何でまた?」
「昔から、デリカシーの無い、よく物事を考えない人間だったんです。だから、下剤の入った牛乳を飲んで、トイレに籠城するハメになったわけで。これは、そこから学んで生きてきた結果です。人より秀でてるんじゃなく、人よりも劣っているが故のこの結果ですよ」
「君も苦労してるんだなぁ。その牛乳の件って犯人は分かったの?」
「残念ながら、闇の中ですね。まあ、今となってはどうでもいい事ですけど」
的葉と神部が話していると、二階の部屋から春日が出てきて、一枚のメモを視線の高さに上げて見せた。
「私も何もしてなかったわけじゃないのよ。今後の事を考えて、関係者の住所と連絡先を調べておいたわ!」
そのメモには、教師から学生まで、数人の情報が書かれていた。どういうわけか、神部のものも含まれていたが、二人は敢えて何も言わなかった。
「春日、どうやって調べたんだ?」
「内緒。まあ、そんな事はどうでもいいじゃない。さてさて、ようやく私の計画に乗って貰う事になったわね」
「計画? 君には、そんなものがあったのか」
「だから、ダラダラしてたわけじゃないって言ったでしょ。まあ、説明する前に、コレを神部に渡さないとねー」
春日はポケットをまさぐると、的葉達が持っているデバイスに良く似たものを取り出した。それは、確かに外見はよく似ているが、前面が液晶画面ではなく、従来の携帯電話のようになっていた。
「いい、神部? これは、アンタの為に作った通信用デバイスよ。これで、私達二人と連絡をつけられるから」
神部はそれを受け取ると、まじまじと眺めた。
「うわあ、すごいですね。初めて見ましたよ、こんなの……」
「ありがたく使いなさい」
「へへー」
神部は恭しく礼をすると、嬉しそうにいじり始めた。どうやら、携帯電話を持つのは初めてであるらしい。
「あ、でも事が済んだら回収するからね」
「ええー!? くれるんじゃないの?」
「当たり前よ。どうせ、私と的葉にしか通じないようにできてるから。ほら、短縮キーみたいなのが二つあるでしょ?」
「ちょっと待って! じゃあ、このダイヤルキーは? あれ!? 押しても反応しない! 飾りじゃないか!」
「そういうわけだから」
「うわああああ! ひでぇ! せっかくの携帯電話だったのに! うわああああああ!」
まるで、クリスマスのプレゼントで欲しかった物が貰えたと思ったら、よく見ると実は偽物である事に気づいてしまった子供のような顔で、神部は悲嘆に暮れた。
それは、不用意に触れれば割れてしまいそうなほどピュアな悲しみようだったので、的葉はどう声をかけていいかわからなかった。なので、
「神部さんは愛され系だ……」
と、よく分からない感想をこぼしてしまっていた。
では、その重大な事をやらかしてしまった張本人はというと、
「さあ、それじゃあ作戦の説明するわよ」
とても淡泊だった。
「私がこれから公衆電話で教頭に電話をかける。適当な理由で相手を呼び出す。当然、呼び出すのは本物の虫男よ。で、私が得意の話術で相手を動揺させ、その隙に隠れていた的葉が相手の背中を攻撃。擬態器官を破壊する、と」
「そうなると、神部さんはどうするんだ?」
「神部は、教頭の家に行って貰うわ。そして、今日ここで話した事を相手に言って、答え合わせをする。できれば、証拠になりそうなものを見つけて頂戴。そうね、例えば教頭の虫男コスチュームとか」
「…………」
神部はその言葉に対して何も言わなかったが、小さく一回頷いた。
「あとは、逃げ場の無くなった虫男をボコボコにして、ジ・エンド! めでたしめでたしってわけよ!」
「了解、春日の演技力に期待する。でも、危なくなったらぼくは何があっても飛び出すからな」
「もしもの時は仕方ないわね。でも、ギリギリまで抑えるのよ。そうだ、合図を決めておきましょう。メガネのリム、あーえっと、このレンズ回りのフチの部分ね。ここを持ってクイッてやるから。私、普段はブリッジの所を押し上げるタイプなの」
「了解、君がそうしたらぼくは飛び出せばいいんだな。でも、確実に背後を取れるような場所ってあるかなぁ。木に登っておくとか?」
「その辺もうまくいくよう、場所を選定しましょう。丁度いい所って無いかしら」
「そうだな、小学校とか、あとは公園とかだろうか」
「ふぅん、まあ日曜日に人が居ない場所って言ったら、学校よね。どこかに待ち伏せに便利な場所はあったかしら?」
「そうだな、隠れる場所がいっぱいあるのは、やっぱり校舎裏のベンチあたりかな。あそこなら、待ち合わせに使っても違和感は少ないかもしれない」
「オッケー、それで行きましょう。それじゃあ、ちょっと公衆電話に行って来るわ」
「待ってくれ、ぼくも一緒に行くよ。一人じゃ危険だろ」
「あら、随分と紳士じゃないの。どしたの?」
「目を付けられてるって分かってるんだから、警戒するのは当然でしょうが」
的葉と春日は、神部に留守番を頼み、十メートルほど離れた公衆電話へと向かった。
田舎の電話であるせいか、個室タイプではなかった。的葉は周囲を警戒しながら、春日の背中を見守った。
十円硬貨を何枚か積み上げ、春日はメモを見ながらダイヤルを押していく。
数回のコールの後、相手が出たようだった。
「もしもし、教頭先生のお宅ですか? ワタクシ、湯船夏美の家庭教師をしている者で、春日と申します。……ええ、いつもお世話になっております。実は、彼女から学校での様子を色々と聞いていまして……。そんな事、言わなくてもご存じでしょう? 夏美さんが今、どういう状況にいるか。……そういう話は結構です。私が独自の調査を行った所、どうやら先生にはとても珍しいお友達がいらっしゃるそうで。……とぼけても無駄ですよ。緑色のテラテラ光ってる、彼の事です。……要件は一つです。明日、朝の十時に小学校の裏にあるベンチで待っています。そこへ来るように言って下さい。それでは、伝言を頼みましたよ」
一方的に言い切ると、春日は叩きつけるように受話器を戻した。
「ハッハー! どうやら正解臭いわよ、的葉。明日が楽しみね!」
彼女は今まで見たことも無いほどに凶悪な笑顔を浮かべながら、上機嫌で別荘へ歩き出した。その姿は、どこかとぼけた調子の悪魔のようで、どこか不気味な雰囲気を帯びていた。




