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建前


 神部が襲撃された頃、本物の的葉はというと、再び小学校に戻って来ていた。もちろん、直に安田先生から話を聞き、九条なるみの言っていた衝撃的な事実の一端でも掴む事ができればと思ったのである。

 的葉は校舎の中に入ると、来客用のスリッパに履き替えて職員室へと向かった。

 二回ノックをしてドアを開けると、部屋の中にいた数人の視線が集中したのが分かった。

「すいません。安田先生はいらっしゃいますか?」

 そう彼が聞くと、近くに居た温和そうな若い女性教員が近寄って来た。

「安田先生は今、出かけてるんです。何か御用ですか?」

「ぼくは餅巾着高校の新聞部をしている者なのですが、実はこの度、クラス内で起こる問題について記事にしようかと考えていまして、是非とも安田先生にお話しを聞かせて頂ければ、と」

「アポイントメントは取りましたか?」

「いいえ、取っていません。近くに用事があったので、寄らせて貰ったんです。今日は都合が悪いようでしたら、すぐに帰ります」

「そうですね、突然来られてもこちらとしては……。ですがまあ、安田先生が戻って来てみない事には、何とも言えませんので、こちらでお待ち頂けますか?」

 そう言うと、彼女はパーテーションで区切られた場所へと案内してくれた。

 的葉はお礼を言うと、下座に座った。それから少しして、応対してくれた女性がお茶を持ってきてくれたので、再びお礼を言ってありがたく頂く事にした。

「高校の学生さんが、どういう問題を取りあげるつもりなんですか?」

 話し相手になってくれようとしたのか、それとも単純に好奇心が湧いたのか、その女性が向かいに座り、話しかけてきた。

「まあ、いわゆるいじめ問題というやつですか」

「なるほど。そういう事でしたか。それなら、安田先生を訪ねて来たのも納得ですね」

「いえ……、偶然に先生が熱心でいらっしゃると噂を聞いたもので。もしかして、安田先生は何か、その道では有名な人だったりするんですかね?」

「ええ、そうですね。何でも、地域や学校の垣根を超えて、様々な方と意見交換をしてらっしゃるという話です」

「へえ、それはすごい……。もしかして、先生が発案なされたんですかね?」

「ああ、発案は別の方です。ウチの教頭先生の奥さんが、雛形を作ったそうですよ。教職員では無かったんですけど、ボランティアでフリースクールを手伝ってらしたそうで、その関係でそういった問題について敏感だったんだそうです」

「奥様は今……」

「……一年前に脳梗塞で亡くなられました」

「それは……とても残念です……」

「でも、すぐに安田先生が引き継いでくれましたから。それまでは、補佐的な役割をしていたそうなんですけど、これがキッカケで表だって意見を述べるようになったんですよ」

「そうなんですか……」

 的葉はとても面白い話を聞く事ができた、と満足げに頷いた。

 と、そこで、パーテーションの向こうから、件の安田先生が現れた。

「私にお客さんというのは、こちらの方でしょうか?」

「あ、はい」

 的葉が返事をすると、相手をしてくれていた女性は軽く会釈してそそくさと離れて行った。

「初めまして。その制服から察すると、餅巾着高校の学生さん?」

「はい。新聞部の者です。今日は、先生がクラス内の問題について詳しいとお聞きして、是非ともお話を伺えないかと思いまして」

「そうですか。でも、あまり長くは話していられないんです。それでもいいかしら?」

「ええ、結構です。それでは、早速ですが……。先生はクラス内でいじめにあっている生徒がいた場合、どのように対応なさいますか?」

「当事者を個別に呼び出し、事情を聴きます。加害者側には、それがいけない事だと注意します」

「しかし、それでも止めない場合があるのではないですか?」

「そうですね。いくら注意しても、聞き入れて貰えない時はあります。でも、それでも根気強く話していけば、きっと理解してくれると思っています。世間では、小学生など子供なのだから、厳しく躾けるべきだという意見もありますが、それは間違いです。彼らは十分に理解できる能力があるんです。大人だからや子供だからという事は無く、一人の人間として尊重し、理性的に進めるべきだと思うんです」

「なるほど、素晴らしい考えですね」

「ありがとうございます。ですが、偉そうに言っておいて何ですが、今でも完全に分かり合うには至っていません。些細な嫌がらせをする子は確かにまだいますから……。全て、私が未熟なせいです」

「しかし、先生のおかげでエスカレートせずに、水際のところで止まっているのではないですか?」

「そう言って頂けると嬉しいです」

「いいえ、そもそも解決は難しい問題ですから。しかし、どうしてこういった事をする生徒が出てくるのでしょうね?」

「私も、専門的な教育を受けたわけではないので、確実な正解を言う事はできませんが、やはり最初はささいなキッカケで、それが徐々にエスカレートしていくんだと思います。原因として考えられるものも様々ですね。生徒個人の問題から、家庭など、背景はたくさんあると思います」

「なるほど。例えば、家庭に不満があり、それがストレスとなって周囲の目につく生徒への攻撃に向かう、という事もありえるわけですね?」

「ええ、対人関係を構築するのが不得手な子などが、その対象になりやすいみたいです。家庭の問題も大きいでしょうね。特に、家庭で何かしらのトラブルを抱えている場合は、その雰囲気が子供にも伝播しますから」

「なるほど。……これは、とても悲しい事なのですが、ぼくが調べた中で、いじめを根絶する事は不可能だという考えもあって、それならば最小限に抑え続けるしかないのではないか、という意見もあるそうなのですが」

「最初から絶対に無くならないなんて考えるのは間違っています。今はまだ、調べられていない要因があるだけかもしれませんから、根気強く取り組んで行けば、きっと解決できるはずだと思っています」

 的葉はこの時、細心の注意を払って相手を観察したが、彼女の態度はまるっきり変化が無かった。

「なるほど、とても立派な考えだと思います。先生にはブレが無いのですね。そういった信念を持つキッカケとは何だったのですか?」

「やはり、全ての生徒に気持ちのいい学校生活を送ってもらいたいという想いでしょうか。数年後に、小学校の事を思い出した時に、楽しい顔をする子と嫌な顔をする子がいて欲しくないんです」

「そうですね。全ての子供が、平等に学校の楽しい思い出を共有できればいいですよね」

「ええ、もちろん」

「ところで、最近少し変わった不審者が出ているのをご存じですか? 巷では虫男なんて名前で呼ばれているみたいでしてね。何でも、悪い事をすると、制裁にやって来るという話ですよ」

「野蛮極まりないと思います。この法治国家において、私刑で問題を解決するような事はあってはならないはずです。その人は、根は善人であるかもしれませんが、やはりやり方を間違っていると言わざるを得ません」

「なるほど。確かにおっしゃる通りです」

「ああ、もうこんな時間。すいませんけど、そろそろ切り上げて頂いて構いませんか? まだ仕事が残ってるんです」

「ええ、大丈夫ですよ。今日はありがとうございました」

「こちらこそ。記事が出来上がったら、是非とも見せてくださいね」

「まだ、記事にできるかどうかは分かりませんが。もしも、ちゃんと掲載できるようになれば、お見せしに来ますよ。それじゃあ、失礼します」

「ええ、お気をつけて」

 的葉は立ち上がると、深々とお礼をして、出口へと向かった。

 校門を出た所で、彼は大きくのびをすると、デバイスを取り出して春日に電話をかける。数回のコール音の後、彼女の声が聞こえてきた。

『もしもーし』

「やあ、そっちはどうだい?」

『全然ダメ―。しばらく集めた資料とにらめっこしてたけど、何も思いつかないわー。だから、さっきまでマインスイーパの上級に挑戦してたわよ』

「まあ、息抜きには丁度いいよね」

『そんで? そっちは何か分かったの?』

「なかなか興味深い事がゴロゴロ出てきたね。これをどう判断するかはまだ分からないけど。掘り下げれば色々と埋まりそうだと思うよ」

『ふぅん、それは上出来ね。それで、これからどうするの?』

「一旦、そっちに戻るよ。それから整理する。ああ、そうだ。神部さんはもうそっちに帰って来た?」

『いいえ、まだだけど』

「そうか。まあ、その内に顔を見せるかな。よし、それじゃあまた後で」

『はーい』

 的葉はデバイスを仕舞うと、駅に向かってブラブラと歩き出した。途中、少しだけ帰り道を外れて、肉屋でコロッケを一つ買い、近くのベンチに腰掛けて頬張りながら、色々と思考を廻らす。揚げたて熱々のコロッケは、イモのとろけそうな食感と肉の旨味で絶妙だった。舌が火傷しそうだと分かっていても、口に運ぶのが止められない。

 それだけでは足りなかったのか、近くのパン屋に入ると、アンバタを一つ買ってかぶりついた。

「……ああ、そうか。コッペパンを買ってコロッケパンにすれば良かったのか」

 などと独り言をこぼしながら、彼はこれまで見聞きした事を思い出していく。

 もしかしたら、それが頭を働かせる為の儀式なのかもしれなかった。

「あんまい……。このバターの塩っ気がいいアクセントで、そして喉の通りを良くしてくれて口当たりも最高だ。クセになりそう……」

 食べ終わると、彼は立ち上がって深呼吸を一つしてから、今度こそ春日の元へと向かった。


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