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荷物

 全ては誰かの為に。

 全ては見知らぬ誰かの為に。

 全ては、いつかのあなたの為に。



 どこにでもいる普通の人間、というのはどういう人間なのだろうか。

 例えばここに一人の少年を紹介しよう。彼の名前は加賀的葉かが まとば。身体能力も学力も学年平均よりも少し下くらい。家が大金持ちなわけでもなく、特殊能力も無い。クラスに異性の友人が一人もいないあたり、社交性もそれほど高くは無いだろう。

 しかし、人の身に起こる事も判断の条件に入れるのであれば、彼は昨日より少しだけ普通からはみ出る事となったとしてもいいかもしれない。

「なあ、京太郎。実は相談があるんだ」

 夕方、その日最後の授業前の休憩時間中、的葉は自分の席から、隣で窓際にもたれかかっている友人に話しかけた。それに対し、京太郎と呼ばれた少年は、その表情に好奇心を浮かべながら相槌をうつ。

「ああ。一体どうした?」

「実は昨日、随分と昔に転校した友人から荷物が届いたんだ。それも、何の連絡も無しでだぞ」

「へぇ。だったら中に手紙でも入っていたんじゃないのか?」

「いいや、そういう類は何も無かったよ。入っていたのは、緩衝剤に包まれたスマートフォンが一台と、珍しい模様のTシャツ一枚だった。あまり詳しく無いけど、どっちもちょっと値が張りそうな代物だよ」

「ふぅん。ただ単に手紙を入れ忘れたってだけのような気もするけどな」

「ぼくもそう思って、何とか連絡を取ろうとしたんだが、うまくいかなくってね。結局、向こうが気づいて送りなおしてくれるのを待つしかないってわけだ」

「それしかないだろうな。……あれ? それじゃあ相談って何だ?」

「ああ、それは入っていた物についてなんだよ。実は、その電話って調べても該当するものが出てこないんだよ。一応、主要三社のものはざっと調べてみたんだけどさ」

「ほお。だったら、それって外国のヤツかもしれないぞ。ちょっと見てみたいな。写真とかないのか?」

「あるよ」

 的葉は自分のスマートフォンを取り出すと、操作して目的の画像を表示させた。それを、京太郎が顔を寄せて覗き込んでくる。

「ふぅん。俺もよく知らないけど、有名なのとは全然違うよなぁ」

 その姿は、一見するとどこにでもありそうな角の取れた長方形をしていたが、よく見るとカメラが無かったり、裏に逆三角形のエンブレムが付いていたりと、どこか見慣れないデザインだった。何より、最も特筆すべき事は、会社のロゴや型番号などが一切プリントされていない所だろうか。

 じっくり見ていた京太郎は、ふいに眉間に皺を寄せて言った。

「……あれ? 俺もしかしたら、これどっかで見たことあるかもしれないぞ……」

「本当か? どこで見たんだ?」

「いや、どこだろう? 全然思い出せない……。すまん、もしかしたら気のせいかもしれないわ。似たようなのを見たことあるだけかもしれないし」

「そうか。まあ、そう簡単に手がかりは見つからないって事だな」

「ところでお前、それ使ってみたの?」

「いや、使ってない。もしかしたら、伝票の貼り間違えで送られて来たかもしれないしさ」

「あー、そうかー」

「でも、仮に宛先間違いじゃなかったとして、一体どうしてアイツがこんなものを送りつけてきたんだろう?」

「そう言われてもな。俺はそもそも、転校したお前の友人がどんな奴なのかも知らないしなぁ……。大方、そいつの趣味なんだろうが、どんな奴だったんだ?」

「そうだな……」

 的葉は少し考え込むようなそぶりをしてから、記憶を引っ張りだしながら話し始めた。

「名前は湯船夏美ゆぶね なつみ。彼女は、何ていうか……よく目立つ奴でさ。同い年ではあったんだけど、一人だけちょっと雰囲気が違ってて、すごく大人びた感じだったんだよ。で、そういうタチなもんだから、周りからは浮いててさ。いつからか嫌がらせみたいなのをされるようになったんだけど、そういうのを歯牙にもかけない奴だったから、余計にややこしくなっちゃってさ」

「……あんまり気持ちのいい話じゃないなぁ。まあ、どこの学校にもそういうのはあるのかもな。でも、お前ってソイツの友達だったんだよな?」

「うーん、どうなんだろうね。実はあんまり話したことも無いんだよな。ぼくはよく、その嫌がらせ用のトラップなんかに間違って引っかかって、それでよく謝られてたくらいで。友人っていうか、まあ知り合いくらいなんだけど……。ほら、ぼくってどんくさい所あったから、あんまり友達っていなくってさ。ソイツの机からはみ出してた紐みたいなのを興味本位で触ったら実は蛇で、驚いて引っこ抜いたら腕を咬まれたりしたんだよな。だから、定期的に喋ったのって彼女くらいなんだよなぁ」

「……お前って」

「いや、今は違うよ。流石に学習はしたさ……」

「ふうん、まあ聞いておいてアレだけど、ヒントにはなりそうにないなぁ」

 結局、それからあまり建設的な意見は出ないまま、休み時間終了のチャイムで話は打ち切られる事になった。

 的葉は机の中から数学の教科書を引っ張り出しながら、昔の事をぼんやりと考えていた。京太郎に話したエピソード以外にも、様々な出来事があったのだ。

「確か、残してた給食の牛乳を貰ったら下痢が止まらなくなったんだよな……」

 悪質な悪戯をしかける人間に対しての軽蔑もあったが、それを止めようとしなかった自分自身を思えば、何を言う資格も無い。そう結論づけて、的葉は教師の声に耳を傾けた。

 五十分間の授業はつつがなく終了し、欄外の落書きを消しゴムで処理してからノートを閉じる。そして、放課後の予定をぼんやりと考えながらホームルームを受け終わると、鞄に教科書を詰め込み出した。すると、そこへ京太郎がやってきた。

「じゃあ、的葉。何か進展があったら報告してくれよなー」

「ああ」

 京太郎はじゃあ、と言って足早に教室を出て行く。彼は部活動をしているが、的葉はどこにも所属していないので、一緒に帰らず教室で別れるのが常だった。

 的葉は荷物を仕舞い終えると、鞄を持って下駄箱へと向かう。その途中、廊下の一角にある掲示板の前で足を止めると、様々な掲示物の中から目当てのものを探す。そして、左の上に貼ってあったのを発見した。

 それは、ここ餅巾着高校の学内新聞だった。そして、小さな記事に付いている写真をまじまじと見つめる。実はそれは京太郎が撮ったもので、以前に新聞部へ提供したと聞いていたのだ。ちなみに、彼が所属しているのは写真部である。二つは昔から仲が良いらしく、よく懇意にしているのだとか。

「写真部か……。興味が無いわけじゃないけど、やっぱり部活動って面倒そうだよな」

 元々、何かの目的を持った集団に所属するのは不得手だった的葉は、学校に来ているだけで自身の許容量はいっぱいだと考えていた。もちろん、それを改善しておかなければ将来的に苦労するのは目に見えていたが、それでも彼はあまり積極的に動く気は無かった。

(一人で出来る仕事なんて無いかなぁ)

 将来、何かの職人にでもなれば叶うだろうか、などと考えながらその場を離れようとした時、ふと視界の隅に気になるものを見つけた。

 掲示板の一番目立たない位置に、手書きで不審者情報と題が打たれた紙があった。

「ウチの近くにもとうとう出たのか。物騒になったもんだな……」

 しかし、その内容を見て、的葉は首をかしげてしまった。

 内容は、全身茶色の虫に似た着ぐるみを着た、身長百七十センチくらいの不審者が出たというのだ。目撃情報は二件あり、その証言から描かれた絵というのが、また何とも言えないデザインだった。丁度、蟻と人間を無理矢理に混ぜたような外見をしており、頭には触角の代わりに二本の角が生えていた。

「大方、どこかで撮影でもしてる最中にそのまんまジュースでも買いに来たんだろ」

 的葉は、なかなか難解そうな事件だなぁ、などと茶化しながら掲示板を後にする。そんな彼の後ろ姿を、とある女子生徒が真剣な眼差しで見ていた。

 その女性は、どこか年齢よりも年上に見られるような雰囲気を纏っていた。赤い縁のメガネと、長いストレートの髪が理知的さを感じさせる。ほとんどの人が彼女を見れば、頭が良いのではないか、というイメージを持つだろう。

 彼女は、的葉が戻ってこない事を確認すると、不審者情報の紙を剥がして鞄に突っ込むと、静かに後を追った。

 自分が尾行されているなど夢にも思わず、的葉はいつもと変わらずに通学路をブラブラと歩いていく。途中、駄菓子屋に寄って菓子とジュースを買い、それを持って近くの河川敷へと行き、ベンチに座ってモソモソと食べ始めた。

 いくら食べても腹が減る年代である。彼は、後に晩御飯が控えていても、駄菓子は別腹で頂ける人間だった。

 彼は買った分を食べきると、ゆったりとした川の流れを見ながらぼんやりとし始めた。ランニングする人や、犬の散歩をする人など、河川敷は色んな人の気配で満ちている。

 だが突然、そんな柔らかな雰囲気を引き裂くように、女性の悲鳴が辺りに響き渡った。

「うおっ!」

 何事かと声のした方を見ると、なんとそこには不審者情報そのままの姿の男が、的葉と同じ学校の制服を着た女子生徒に襲いかかろうとしている所だった。

 近くに居た普通のサラリーマン男性が止めようと掴みかかったが、払いのけられただけで鋭い爪が胸に当たって大きな傷を負ってしまった。その様子を見て、これが撮影の類は無いと察した周囲の人間は、叫び声をあげながら一斉に背を向けて逃げ出した。

 その場は阿鼻叫喚をきわめ、先ほどまでの平穏は消え去り、日常が完膚なきまでに破壊させられた光景だけが存在した。

「…………」

 的葉は自身が最も選択すべき道は逃走である事を理解していたが、それでもベンチから動こうとはしなかった。彼は腕力に自信があるわけでも無いし、頭も良くは無いと自覚していたので、まさか助ける事ができるとも思えないだろう。しかし、

「やっぱり、よくないよなぁ……。このまま見捨てるのって、よくないよなぁ……」

 彼はそれでも何かをしたいと思う人間だった。

 的葉は近くにあった石をいくつか拾うと、それを一つずつ蟻の化け物へと投擲した。

 化け物は最初、それを煩わしそうに払っていたが、一つが眉間の辺りに命中すると、途端に逆上して標的を的葉に変えて走り寄ってきた。

「おっし! 君、早く逃げて!」

 彼は敵との距離を詰めないように逃げながら、石を放っていく。

「あ、それから救急車呼んで!」

 幸いにも、相手がそれほど早く走って来ないおかげで、彼は何とか余裕が持てていた。体格からすれば、それは考えられない事だったが、どうやら敵はそもそも動きがぎこちなかったのだ。そう、まるで人間のように走ろうとしているのに、それが上手くいっていないかのようで――――。

「…………ッ!」

 橋の下まで来た所で、的葉は急ブレーキした。何と、前方から同じような蟻の化け物が歩いて来ていたのだ。完全な挟み撃ちの状態である。

「いや、参ったね。こりゃ……。警察来るまでの辛抱だと思ってたんだけどなぁ。こんな早く捕まるとは……」


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