犬
-白い犬がいた。
いつもの何気ない道の途中、小さな池のベンチの下に、フワフワしたやわらかそうな毛の犬がいた。
僕は毎日その道を通る。会社までの通勤途中。晴れた日には小さな池の水面がキラキラ太陽の光を反射し、一日の始まりをほんのひと時、僕を幸せな気分にさせてくれる。
そんな何気ない場所に犬がいた。
会社からの帰り道、ベンチは一人で寂しそうだった。
-月曜日は雨だった。
カーテンを開けた時から少し心が沈んだ。雨の日は池では水滴が踊り、僕の心とは反対に浮き足立っていた。
ベンチの下に、自慢の毛が濡れてしんなりした白い犬がいた。
前よりも寂しそうに、うなだれながらそこにいた。傘をさしてあげたかったが、それでは自分が濡れてしまうのでやめた。まだそこまで仲良くなっていない。
家に帰る途中、犬はいなかった。
-火曜日は会社に行きたくなかった。
昨日お客様とトラブルになり、自分の責任じゃないのに上司に散々怒られた。宝くじが当たっていれば行かなかった。いつもより遅く家を出たから、走っていてベンチを見なかった。
帰りにベンチの下を覗いたら、犬はいなかった。
-水曜日、犬がベンチの上にいた。
お昼の為に買ったばかりのカレーパンを、少しちぎってベンチに置いてみた。少し犬が後ずさりして、でも置かれたパンのにおいにつられ、またベンチに戻って食べた。ハグハグと思っていた通りの声を上げたが、口の周りにカレーパンのカレールーがべっとり付いてしまって、申し訳無い気分になった。
帰りに綺麗にルーは落ちていた。
-木曜日、犬はいなかった。
-金曜日、今日もいなかった。
-月曜日、白い犬がいた。
赤い首輪をしている。顔もカラダも色も同じだと思ったが、赤い首輪をしている。
帰り道、犬はいなかった。
-火曜日、犬はいない。
ふと通り過ぎようとすると、ベンチから数軒隣、緑の屋根の家から、可愛い女の子にリードを引かれて犬が出てきた。少し止まって見ていたら、女の子と一緒に坂を下って行った。
帰りに、緑の屋根の家のフェンス越しに中を見てみる。庭に犬小屋はなかった。
-水曜日、いつもより五分遅く家をでた。
坂を上る途中、白い犬が引っ張る、可愛い二十歳ぐらいの女の子とすれ違った。
帰りは緑の屋根の家に電気が点いていた。
-木曜日、ベンチの上に赤い首輪をした白いフワフワの小さな犬がいた。
近くのコンビニで急いでハムを買ってきてベンチに置いた。犬は尻尾を振りながら嬉しそうにハムを食べた。
帰りにコンビニでハムを買った。
-金曜日、五分遅く家をでた。
坂の上り途中、黒髪の美しい、可愛い二十歳ぐらいの女の子が坂を下ってきた。その手からリードが外れ、白い犬が僕の足元に駆け寄って来て、前足を上げて嬉しそうにじゃれついて来た。
「すみません」女の子は申し訳なさそうに走って来て言った。
「いや、大丈夫です」僕は答えた。
-何度目かの日曜日。
僕らの家の庭に、白い犬がいた。