異世界人、初遭遇
「な、なんでそんなとこにっ」
「あ、あの、大声はちょっとっ」
慌てた様に身を乗り出した少女。
その瞬間、山積みの箱がバランスを崩し、大音響の崩壊が起こった。
「い、いった~」
転がり出て来た少女はしたたか腰を打ち付け、涙目で起き上がる。
ウェーブのかかった赤い髪。
人とは思えない長い耳が印象的な少女だった。
肩にかかる程度の髪を揺らし起き上がる少女は、白のドレスを身にまとっていた。
「ちょっと王利君……この人、何処かの怪人? 普通じゃないよ耳」
「確かに、まるでエルフみたいな耳だけど……」
怪人を作るのに、空想上の生物を参考にして作る様な秘密結社を王利は聞いたことがなかった。
確かに、サンダーバードやサラマンダーといった幻獣種を怪人として扱う秘密結社なら思い浮かぶが、実用性に富んだ怪人しか作らないはずだ。
エルフなどという知識に長けて長寿というだけの怪人を、果たして作るモノ好きが秘密結社に必要とされるだろうか?
「ど、どうしよう。せっかく隠れてたのに……」
崩れ去った箱の群れを見上げて意気消沈している少女。
少ししていきなり顔を上げた。
「そうだ、音に気付いてここに来ちゃうかも。急いで逃げなきゃ」
が、彼女がドアに近づいた瞬間、やかましい程の駆け足が近づいてきた。
「来たっ、来ちゃった!? どうしよう!?」
頭を抱えて慌てふためく少女は、右に左に走り回る。
結局、迷った末に箱と内容物が散乱する場所へとダイブする。
「えっと……」
放置されたままの葉奈と王利は顔を見合わせ、少女の隠れた場所に隠れることにした。
しばらくすると、数人の男がやってくる。
鈍く輝く金属質のアーマーを着こんだ男たちだ。
崩れた箱の惨状を見て呆気にとられた彼らは肩を落とした。
「誰だよこれ置いた奴」
「俺らが片付けるのかコレ?」
「いいや、見なかったことにして哨戒に戻ろうぜ」
「だな新人の奴らにやらせようぜ」
なんともやる気のない連中だった。
男たちは談笑しながら部屋を出て行く。
「なんとか、見つからずに済んだみたい」
神妙な顔で果物から顔を出した少女が、隣にいた葉奈に声をかける。
「え? あ、そう……ね?」
「あなたたちは一体何者? いきなり部屋に現れたから追手かと思ったし」
「追手……ってことは何か? お前逃げてんの?」
「はい。逃げちゃってますよ」
果物畑から抜け出し、少女は二人に振り向いた。
「さあ、さっさと脱出しちゃいましょう。どこのどなたかわかりませんけど、とりあえずここの兵士に捕まるわけにはいかないでしょ、お互いに」
「まぁ、それは確かに」
兵士という言葉に引っかかりを覚えたが、王利は葉奈と共に果物の海から這い上がる。
「じゃあ、脱出開始。ついて来て」
「とりあえずついて行こうぜ葉奈さん」
「まぁ、何かあってもあたしたちならなんとかなるか。うん、行ってみましょ」
三人揃って部屋を出る。
ドア越しに少女がまず周囲を見回し、安全を確認してから廊下へと出た。
部屋の先は石造りの廊下。
ところどころに光を取り込む風穴が空いていた。
しかし、見渡す限り窓らしきものがない。
さらに逆の壁には一定間隔で蝋燭が取り付けられた燭台。
今は明るいためか火は灯っていなかった。
「窓……の代わりとか?」
「窓ってなに? 美味しい?」
葉奈の呟きに首を捻る少女は、周囲を警戒しながら聞いてきた。
「いや、食べ物じゃないし。っていうかあんた窓知らないの?」
「知らないなぁ。そんな言葉二百五十年生きてるけど一度も聞いたことないですよ」
「は? 二百五十年……?」
少女の言葉に意味が分からないといった顔をした葉奈だったが、その横で王利はようやく自分の置かれた状況を理解していた。
右腕に嵌められたブレスレットを見てそういうことかと一人納得する。
「そういや君、名前は?」
「はい? ああ、エルティアです。エルティア・ロー……あ、いえいえ、エルティアとお呼びくださいな」
不自然に言い繕って王利と葉奈を見回す。
「あなたたちは?」
「俺は森本王利こっちは霧島葉奈だ」
「もりもとおうり? きりしまはな? えーっと、ニックネームってどこまで? もりも?」
「いや、俺は王利の方で。こっちは葉奈。お前とは逆みたいだな」
「ああ、なるほど。和族の人ね」
一人話に付いていけてない葉奈だけが、二人の会話に首を捻る。
少女、エルティアの名前はどう見ても外国人だ。
それにしては流暢な日本語。
「とりあえず、現状確認するけど、エルティアはこの城から脱出したいんだな?」
「ええ。もうおと……国王に捕まったら私、どうなることか」
「ねぇ、どういうこと?」
「ようするにこの建物から出ればいいんだ。エルティア、どこか外に出れる場所ないか? 別に陸続きじゃなくていいからさ」
「バルコニーならすぐ近くよ? でも哨戒の兵士にすぐに見つかっちゃう」
「大丈夫だ。俺らに任せろ」
王利はドンと胸を叩いて見せる。
彼としては今の状況を理解できたことは最高の幸運だった。
もし、これに気付けなければ、今も外には葉奈以外のバグソルジャーがいると恐怖に慄いていただろう。
しかし、この世界にはバグソルジャーなどいはしない。
そう、この世界だ。
王利は確信していた。
自分達が、異世界に存在していることに。
だからこそ、エルティアのように耳の長い生物が普通に存在している。
ただ、言葉が通じるのは王利にも、良く分からない。
もしかしたらこの世界では日本語が公用語として使用されているのかもしれない。
「ここがバルコニーです」
エルティアに案内されてやって来たのは、壮麗なバルコニー。
見渡す景色は最高で、眼下に広がる街並みが一望できた。
「な、何ここ……お城みたい」
「みたいじゃなくて城だよ? っていうか身を乗り出さないで」
綺麗な景色に思わず声を失う葉奈に、エルティアは周囲を見回しながら目立たないように窘める。
「ああッ、エルティア様ッ!」
「げッ」
葉奈をバルコニーから遠ざけようとするエルティアに、真下から声がかかる。恐る恐る覗き見たエルティアは、嫌そうな声を上げていた。
眼下には綺麗な顔の青年たちが甲冑を着て見上げていた。
もちろん、全員耳が長い。
「ど、どうしようっ。見つかったぁッ」
「んじゃ、葉奈さん、脱出しようか」
「……え?」
「空飛べるの葉奈さんだけだし、エルティアの奴このままじゃ捕まっちまうぜ。正義の味方だろ? こんないたい気な女の子助けなくていいのか?」
「えーっと、よくわかんないけど、この子連れて飛べばいいの?」
「城から離れた場所に移動しよう。詳しい話はそれから」
「わかった。じゃあ、ちょっと息止めてね二人とも。毒で死んでもあたし責任持たないわよ」
「わかってる。ほらエルティア。遊んでないでこっちこい」
王利は右往左往しているエルティアを引っ張って葉奈と手を繋がせる。
「え? でも、逃げ場が……」
「wechsel!」
変身の合図を唱える葉奈。
体が光を放ち、次の瞬間にはバグパピヨンへと変身を遂げる。
「おお、また魔物になった」
エルティアは一度見ていたからだろう。驚きは少ないようだ。
バグパピヨンの容姿は黒死蝶をモチーフにした蝶人間の怪人である。
体型はスレンダーではあるが柔毛のおかげで少し肉付きがよく見える。
背中から生えた翅は漆黒の美しい羽根。
ただ、そこから絶えず舞い落ちる粉には神経毒が多量に込められていた。
王利はエルティアに息をしないように伝えると、自身も息を止めて葉奈の手を握る。
兵士たちがやってくる足音を聞きながら、バグパピヨンは大空へと羽ばたいた。