襲撃者
「ヘスティッ!」
王利の切羽詰まった声を聞いて動けたのは、ほたるんだけだった。
ヘスティもバグリベルレもきょとんとした眼で王利を見返す中、ほたるんはすぐに行動を開始し、近づいてきた襲撃者の拳を受け止める。
そこに居たのは隠蔽を得意とするクロスブリッド・カンパニーの刺客怪人、ミカヅキ・メイフライ。
ミカヅキツノゼミと蜉蝣の掛け合わせ怪人である。
ヘスティを狙いバグカブトと激戦を繰り広げて生き残った者の一人だった。
ちなみに、あの戦いでのクロスブリッド・カンパニー生存者は以下の八人である。
ゴキブリと蝗のコックル・ホッパー。
蟷螂と雷鳥のマンティス・サンダーバード。
蠅とシュモクザメのベルゼビュート・ハンマーシャーク。
エリマキトカゲとテッポウウオのエリマキ・ガンナー。
ダツとツバメのニードル・スワロウ。
青大将とウシガエルのスネーク・フロッグ。
ミノアンコウとツキノワグマのアンコウ・ベア―。
そして、このミカヅキ・メイフライである。
ミカヅキ・メイフライがここにいるということは、つまり他の敵も近くに存在すると見て良かった。
王利は即座にヘスティに駆け寄り、周囲に視線を走らせる。
バグリベルレも王利の意図を察してヘスティに近づき、護衛に回った。
唯一ついて行けていないハルモネイアがどうしたらいいのかと戸惑っている。
闘い始めたほたるんを視界に収めつつ、王利はハルモネイアに声を掛ける。
彼女が下手に動くよりは、明確な指示を与えて協力して貰うのが一番だと思ったからだ。
「ハルモネイア! 敵だ、気をつけろ!」
「……敵?」
と、首を捻る彼女の背後からスネーク・フロッグが現れる。
蛇のような顔ながら、目玉の位置は蛙という気味の悪い容姿。
天敵の掛け合わせであるそいつは蛇腹に蛙の手足という醜悪な姿でやってきた。
「……未確認生物接近遭遇。警告します。半径1m以内に近づけば敵性生物と認識させて頂きま……」
ハルモネイアが全てを言い終える前に、スネーク・フロッグが長い舌を吐きだしハルモネイアを絡め取る。
舌を引っぱりハルモネイアを自分の手元へ引き寄せると、べたつく肌で拘束して俺達を見る。
「グェグェ。こいつを殺されたくなければヘスティ・ビル……」
頬を膨らませて音を鳴らすスネーク・フロッグ。嬉々として悪役台詞を言おうとしたようだったが、その全てを言う事はできなかった。
「敵性因子確認。ジェノサイドモード起動」
突如、ハルモネイアの瞳が赤くなる。
予想以上の力でスネーク・フロッグの拘束を振りほどき、舌を引きちぎる。身体をスネーク・フロッグに向けると同時に一閃。
右手が一瞬で銃口のように変化し、そこからレーザーソードが展開。
スネーク・フロッグの首を一振りで切り裂いた。
「敵性因子の無力化を確認。排除成功しました」
「スネーク・フロッグ!?」
ミカヅキ・メイフライが驚きの声を出す。
しかし、その時には既にスネーク・フロッグの首と胴体は泣き別れ、共に大地に伏していた。
思わず一瞬思考停止に陥ったミカヅキ・メイフライ。
そんな隙を見逃すほたるんではなかった。
「うかつです!」
自分の髪の一本を引き抜き、一方をミカヅキ・メイフライに投げ飛ばす。
「しまっ……」
慌てるミカヅキ・メイフライ。逃げようとするが一瞬早く玉スダレのような髪が腕へと絡みつく。
粘着質の青い光を放つ髪は、ミカヅキ・メイフライがいくら暴れようと切れる事はない。
ほたるんはしっかりと髪を手に持ち、ゆっくりと引っぱる。
拘束されたミカヅキ・メイフライがもがくが、少しづつほたるんへと引き寄せられていった。
「なんだこれは!? 逃げられん!? この粘着き……貴様蜘蛛女か!?」
「いいえ。私はツチボタルを冠する機械族。皆さんからはほたるんと呼ばれております。では、さようなら」
ほたるんの右手が折れ曲がり、銃身が顔を出す。
身動き出来ないミカヅキ・メイフライに狙いを付ける。
一撃粉砕とばかりに連射。その瞬間、
猛スピードで飛来した何かが玉スダレの糸を引き裂き通過していく。
弾丸が着弾する直前、自由になったミカヅキ・メイフライが緊急回避で弾丸を避けた。
「すまない、助かったぞニードル・スワロウ」
「油断しすぎだ。一度撤退するぞ」
着地地点からかなりの距離を滑るニードル・スワロウ。勢いを摩擦で殺しきった彼は一言伝えるとそのまま地を蹴って空へと舞いあがる。
そちらに思わず視線を向けていた王利たちがミカヅキ・メイフライに視線を戻すと、丁度陽炎のごとく揺らめきながら夜陰に紛れる所だった。
「貴様の命、しばらく預けておくぞ」
言葉を残し、ミカヅキ・メイフライが去っていく。
後に残ったのは、スネーク・フロッグの遺体だけだった。
それも少しの時間を置いて、泡となって消え去った。