博士の娘
「母の名は、ミスティカ・ムラサワ、父は……」
その言葉を聞いた瞬間、ほたるんが崩れ落ちた。
両手で口元を隠し、涙目になっている。
実際にはロボなので涙は流さないのだろうと王利は勝手に思っていたのだが、どういう仕組みなのかほたるんの目からは涙の様なものが溢れだす。
「ほ、ほたるん!?」
「あー、もしかして、博士さんのご家族ですか?」
「……はい。博士です。間違いなく。実験体№7238810さんの成体組成から考えるに、89%間違いはありません」
苦しそうに言葉を吐きだすほたるん。
突然ほたるんが泣き出したため、実験体№7238810は困った顔で王利に助けを求めてきた。
王利もどうしたらいいのか分からずヘスティに視線を向ける。
当然、ヘスティもバグリベルレに丸投げした。
「はぁ。とりあえず王利さんは話を聞いておいてください。慰めは私がやっておきますよ。これでも、肉親を失った辛さは知ってますから……」
ため息と共に自傷して、バグリベルレがほたるんを慰め始めた。
「えーっと、じゃあ最初に他の人がいる場所を教えてくれないか?」
「他の人間? 2階から5階ね。2階が就寝室、3階が食事室、4階が浴室、学習室、五階が交配室のある階層になっているけど? 誰かに会いに来たのかしら?」
「ワタシたちは、皆サンを解放しに来まシタ」
「解放?」
鸚鵡返しに言う実験体№7238810。
その表情はどこか困惑があった。
「確かに、母の居た時代であれば皆は喜んだかもしれないけど……」
戸惑いながらも声に出す。
「今は、誰も喜ばないと思いますよ」
「そんなバカな? 家畜同然の身分から解放されるだぞ!?」
「そう言われても、今居る人間は皆施設育ちなの。これから自由になると言われても、どう生きていけばいいかわからないわ」
その言葉に、王利たちは愕然とするしかなかった。
助けに来た相手が助けを必要としていない。ばかりかむしろ助けられることこそが死だといわれてしまえば、下手な正義感で助けるわけにもいかなくなってしまう。
生存方法を知らない彼らを助けても、食事ができずに飢えて死ぬか、野生動物に殺されるか。
「待ってくれ、生存者は? ここに連れてこられた奴はいないのか? 全員施設育ちなのか?」
一人でも居ればそいつがリーダーとなって行動できる。
しかし、王利の一縷の望みは断たれた。
「この前、最後の一人が老衰で無くなったわ。46歳も生きたのですから当然よね」
どういうことかと聞けば、どうやらこの世界の人間の寿命は大体42歳くらい。時には100歳くらい生きる人間もいるらしいが、医療関連は殆ど発達しなかったらしく、早くに亡くなる人が多かったらしい。
「むぅ、とすると、病気が怖いですね」
話を聞いたバグリベルレが呟く。
傍らに居たほたるんも落ちついたようで、もう涙は流していなかった。
さすがにまだ涙目にはなっているが。
「改造人間の耐性は強化されてるだろ?」
「ウチのドクター、人間ですが」
言われて気付く。唯一の真人間が一人いた。
ついでにエルティアもエルフだとはいえ未知の病気にかかる可能性は高い。
なにせ異世界なのだ。王利の知らない病気だってありうるかもしれない。
それがただの風邪なら別にいいが、治療法の無い病気に掛かってしまうと、もうお手上げである。
「そっか、そっちの対策もしないと不味いな。首領の身体も一応、人間だし」
「ああ、そういえばそうですね。チッ、あのゾンビ女病気に掛かってれば面白いのに」
バグリベルレが悪態を付くが王利はスル―しておいた。
ここで反論しても不毛なので話を進めることにしたのである。
「とにかく、一度首領たちと合流しよう。このまま管理室に突っ込んでも後始末に困りそうだし」
「そうですね。下手に動くよりはそれがいいでしょう。一階まで掛け降りましょうか?」
「いや。それよりは一端皆をここに連れてきた方がいい。俺とほたるんで敵倒しながら下に降りるから、真由とヘスティはここで待っててくれ」
「そんな。ワタシも行きマス!」
いやでも。と戸惑う王利にバグリベルレが頭を叩く。
「王利さん。いくらヘスティが足手まといでも置いていくのは感心できませんよ。全員一緒に降りましょう。二度手間になりますがこちらの方はまだしばらくここにいるのでしょう?」
「え? はい。私はここで研究を続けるわよ?」
「なら、問題はないでしょう」
結局、一度全員で首領たちと合流することになった。
「ところで、あなたは一体何を研究しているんですか?」
「人の感情をプログラム化する方法だけど?」
マザーコンピューターの洗脳教育は完璧らしい。
王利たちは何とも言えない顔で互いを見合い、部屋を後にするのだった。