犠牲者の娘
結局、自動販売機から何かを買う事はできなかった。
金はあるのに価値が違うのでここではお金として通用しないという切なさ。
一万円出してもジュース一本買えないようだ。
王利たちはその場で五分程休み、休憩室を後にした。
通路にでると、周囲からロボたちが集まってくる。
王利とほたるんが互いに戦闘態勢に入り、ヘスティとバグリベルレは再び休憩室へと退避した。
「おお、休憩室ならロボも侵入してこないとか、安全地帯発見じゃないですかコレ!?」
「ですが、ここに居るだけだと動けないデス」
ヘスティの言う通り、休憩室にいるだけでは移動などできない。むしろ囲まれて動けなくなるのがオチだろう。
「にしても、王利さんは頑張ってる割りに倒した数が少ないですよねー」
「近づく前にほたるんサンがなぎ倒してマス。あの人、胸からミサイルが飛んでった時は驚きまシタ。やはりロボなのですね」
「物凄く人間っぽいけどね。まさかあのドクター、胸ミサイル付けてるとか予想通り過ぎて笑えませんねぇ」
安全地帯で話しに花を咲かせるバグリベルレたちに王利はイラッとしながらも、先に戦場で猛威を振うほたるんに負けじと敵を倒していく。
移動の観点から王利がロボたちに辿りつく半分の時間でほたるんが奇襲に成功するので、だいたい王利が近づいた頃にロボの殲滅が終わっていたりするのだが、王利はまだ動いているロボだけを調べてトドメを刺していく。
彼の戦いは主にこんな具合で、戦闘らしい戦闘はほたるん任せになっていた。
それでもほたるんは何も言わずに淡々と自分のすべき事をする。
こんな主人ですみませんと王利は思うが、ほたるんに言ってもどうせこれが私の仕事ですから。とか私の使命ですから。とか、言うに決まっていた。
彼女は人に似た容姿をしているが、思考は結局プログラムでしかないのだから。
「おや? マスター、この下に人の反応があります」
「下? 次の階層に誰かいるのか?」
「はい。ただ……一人だけのようです」
たった一人でいるということに驚きながらも、王利はその人物に会ってみようと行き先を指定する。
バグリベルレとヘスティも異論は無いようで、警戒しながらその人物向けて移動を開始した。
途中何度か襲撃はあったが、王利の装甲を貫ける相手がいなかったため、何の問題も無くほたるんにより片づけられた。
目的の人物がいたのは質素な部屋の一つだった。
王利たちが部屋に入ってくると、その人物は驚いた顔をして固まったが、すぐに冷静さを取り戻した。
金色の髪を一房に纏めた白衣の女性。
その顔立ちはどことなくキツく、仕事のできる女性といった顔をしている。
苦労性なのか目の下には隈が出来ていて、幾分草臥れた感じはする。
しかし、唇に引かれた口紅はどう見てもおしゃれをしていると言ってよかった。
ばりばりの研究者といった出で立ちの女性は、唇以外は化粧もせず、己の女部分を殺して研究の最中だったようだ。
彼女の前にあるのは机。その上には膨大な書類が乗っている。
少しでも振動を与えれば即座に崩れ去る程に積み上がっていた。
「あなたたち……何者?」
「それはこちらが聞きたいですね」
戸惑いながら質問してきた女性に、ほたるんが逆に聞き返す。
「私? 私は実験体№7238810よ。母の遺言で機械族に許可を得て研究をしているの」
何者か? の答えに予想外の返答があった。
まさか名前の代わりに№を言われるとは思っていなかった王利たちは、思わず息を飲む。
彼女は犠牲者だ。機械たちにより交配させられた人間たちの娘の一人。
背丈や肌から見て十代後半。
既にこの娘も……と思う王利。
「生まれて何年です?」
「確か今年で19年くらいかしら? ああ、交配実験に参加しなくていいのかってこと? 母が頼みこんで私は一度も交配することなく研究に没頭しているわ」
それで……と女性は言葉を切って王利たちを見る。
「あなたたち、何者?」
話、元に戻る。
王利はため息ついて他の三人を窺う。
「私は構いませんよ。このまま内部に入って話聞いちゃいましょう」
「ワタシは別にどうでも。王利サンに任せるデス」
「マスター。どうされますか?」
二人に丸投げされた王利。唯一まともに返してくれた真由の言葉を採用する事にした。
王利たちは廊下から部屋へと入り、彼女の前へと向う。
「初めまして、俺は王利っていいます」
「あら、名前持ち? ということは父や母と同年代? いえ、でも化け物を同年代というのはおかしいかしら」
どうやら彼女の両親には名前があるらしい。
せっかくなので二人の名前を聞いてみることにする。
その名前を聞いた時、ほたるんが泣きそうな顔で崩れ落ちるのだった。