飼育場潜入作戦
その建物は、厳重な警備が敷かれていた。
周囲には警官服のようなボディを持つ警備ロボが多数巡回し、建物の上部にはカメラが仕掛けられている。
甲子園球場のような円形ドーム型の建物は、今は内部から灯りが洩れていた。
空は別段暗くはなっていないのだが、おそらくずっと電気を付けた状態なのだろう。
時折硝子戸に影が映るが、それは内部に居るロボだろう。
王利たちは路地裏の一角に陣取りその建物を覗いていた。
正直な話察知されずに侵入するのは不可能だろう。
首領は一目見た瞬間F・Tがおれば……と憎々しげに呟いていた。
王利は誰の事かわからなかったが、自分が頼りにならないと言われたようでちょっとへこんだ。
「さぁ~て、どうします?」
「下手に騒がれると面倒そうだな。しかしバレずに侵入するのは不可能か」
「仕方あるまいカブト。いつも通り堂々と侵入するしかないだろう」
「アント、気持ちは分かるが、今回はただ敵を駆逐すればいいわけじゃない。人質がいるんだぞ」
「人質と言えるかどうかはわかりませんが。人間はここで飼育されています」
ほたるんがぽつりと漏らした言葉に、皆唖然となった。
「に、人間を……飼育?」
「皆さん、今まで人間に出会ってないことに不思議を感じませんでしたか?」
「確かにロボットばっかりだったけど……」
王利たち一度この世界に来ていた三人は半ば確信していたのでこくりと頷く。
「この時代に生きる人間は全てここと同じような施設に入れられ各地で飼育されています。私を造った博士も地下に籠り事なきを得ていたのですが、結局は家族と共に捕まり、この施設に収容されてしまいました。もう、20年になります。すでに交配期を迎えてしまっていますので意に沿わぬ相手との子を生んでいるでしょうが、それでも恩を返したいのです。救いたいのです」
ほたるんが言葉を止め、王利に真剣な目を向ける。
「マスター。私はあなたに忠誠を誓うと約束します。ですからどうか、どうか博士を絶望の淵から救っていただけないでしょうか?」
さすがに王利としてもそういう事情なら助ける事には賛成だが、現実問題どう助けるのかという課題が浮き彫りになったままだ。
「なるほど。この世界は機械どもが人間に代わり世界を運営しているわけか。そして人間は家畜としていた牛や豚どもと同じ状況に置かれていると。幸いなのは人間の肉を食料としていない機械が飼育しているということか。ほたるんだったか? 機械共はなぜ人間を飼育している?」
首領はようやく事態というかここに居る理由を理解したらしい。
そして出てきた当然の疑問をほたるんに聞いていた。
「はい。機械族である私達は永遠にも似た可動時間と自己修復、新たな創造を行うに至りました。しかし、まだ人間のような複雑な感情を持ち合わせておりません。とりわけ感情というものを理解する事が出来ないようです。私は博士にそちらのプログラムも行っていただいたおかげで少しは理解できるのですが、それでも人間程の豊かな感情を持つには至れません。ですから、機械族を統べるマザーは考えました。人間を我々で飼育し、観察し、その感情の出所を解析しようと。あらゆる感情をプログラム化しマザー自体に組み込み、精査し、必要なプログラムを他の機械族がダウンロードするのです」
マザーと呼ばれる人工知能は全ての機械族に自分が取り込んだプログラムをアップロードできるらしい。
そのマザーが人間の感情を手に入れることを必要と判断したため、創造主である人間が殺されることは無かったらしいが、代わりに人工飼育ならぬ機工飼育されることになったというわけだ。
こんな世界があるのかと愕然とする反面、自分の住む世界も一歩間違えば機械による反乱を呼び同じ世界へ向う可能性だってあるのだと王利は暗澹たる気分に陥る。
でも、それは自分が死んで数百年以上先の世界の出来事だと気付き、どうでもいいか。との結論に至る。自分が死んだ後のことを憂いても意味はないのだ。
今、肝心なのはここから人間たちを助けだし、どこかへ連れていかなければならない。それも、機械族たちに見つからない場所へだ。
どうしたものかと考えるが、王利にはいい考えが浮かばない。仕方ないので考える作業は首領たち頭のいい相手に託すことにした。
しばらくぼぉッとしていると、ドクター花菱がぽんと手を打った。
「仕方ない。こうなったら月並みだけど陽動作戦と行こうじゃないか。飛べる者はカメラの無い上から侵入して人々を助ける。他は陽動。どうかね」
「アホドクター。良く考えてモノを言え。それでは突入が女性のみになるだろう。別に戦力面では問題ないが、一応男が一人は突入部隊に居る方がいい。中で行われていることからしても、むしろ男だけで侵入した方がいいかもしれんぞ。彼女らには目の毒になりかねん」
「ふん。万年発情娘ならむしろご褒美ものではないのか。いや、そうか。W・Bとの情事を妄想して人助けにならな。確かに大問題だ」
首領がニヤついた顔でバグパピヨンを見る。変身状態なので表情は分からなかったが、真っ赤になっていることだけはだいたい想像が付いていた。
「じゃあ、私と王利さん、ついでにヘスティが潜入班でいかがです?」
バグリベルレの言葉に一同再び考え込む。
確かにバグパピヨンと王利が一緒に居ればいろいろと問題は起きそうだが、彼らを離しておけばしっかりと行動してくれるだろう。主にバグパピヨンが。
そしてバグパピヨンが潜入班に入ると首領の言ったことが万一にも起きるかもしれない。それはショッピングモールの出来事で真由と王利が目撃していたので、バグパピヨンを潜入班から外す事は全会一致していると言っても過言ではない。
「んじゃあ、潜入組はほたるんとその三人。戦力外のボクと首領さんはこっちで留守番と」
「ふん。別に戦力外ではないが、面倒なのでこちらに居させて貰おう。エルティア、護衛は任せるぞ」
「え? は、はい」
作戦が決まると、行動に移すのは速かった。
王利たちは即座に侵入作戦を開始するのだった。