家を闊歩する蟻人間
「バカか貴様はッ!」
秘密基地とやらに着いた瞬間、王利を見たバグアントが咆哮した。
秘密基地とは名ばかりで、普通の二階建て住宅。
一般中流家庭とでもいったところだろうか。
内装も普通の和風住宅であり、土間で王利はバグアントと鉢合わせしていた。
丁度土間の前にあるL字廊下の下端にある黒電話で誰かと話し中だったのだ。
家に入っていきなり遭遇、即罵声である。
驚くなという方が無理だった。
なるほど、こんな場所が正義の味方の秘密基地などと、一体誰が気付けるものか。
探査向きの能力を持つ改造人間が調べたとしても、ただ家に帰っているか友人宅へ遊びに行っているとしか思うまい。
どうせ耕太とバグアントは戦い以外外へは殆ど出ないのだ。
つまり、ここへ入るのは中のいい友人である葉奈と真由だけなのだ。
そのため、先程の言葉に戻るのである。
バグアントが真由に対してバカだと言ったのは、理由は簡単だ。
不戦を約束したとはいえ、敵である改造人間にわざわざ自分たちが秘匿していた基地を晒した間抜け。という意味だ。
当然、また敵対することになれば、王利は迷わずここを攻撃するだろう。
とはいえ、これから先はまた拠点を移すのだろうが。
王利たちが敵対する前に基地は別の場所に移動していることだろう。この発見は敵であった時のみ有利になるだけのものでしかない。
ただ、探偵などを雇ってしまえば幾ら拠点を変えようと辿りつかれる可能性は高まる。
つまり、一度でも見つかった時点でアウトではあるのだ。
そういう点では、王利は運良くバグソルジャーの秘密を一つ握れたといってよかった。
首領に話しておけばもしもの時の一撃に手札として使えるだろう。
「ま、まぁまぁいいじゃないですか」
バグアントの剣幕に、自分がしでかした失敗に気付いた真由。
プレゼントのせいで浮かれ過ぎていたらしい。
バツの悪い顔に舌をだして誤魔化していた。
それで済むわけもないのだが、バグアントはため息一つ付いて問題を棚上げすることにしたようだ。
真黒な頬を真黒な指で掻いて二度目のため息。
変身しているため表情は分からないのに、真由に対する落胆が垣間見える。
今の真由が幸せトリップ状態だったせいもあり、バグアントは真由から視線を離し、あえてその後ろにいる男に視線を向ける。
そして目が合うと、威圧感溢れる身体の背筋を伸ばし、見下すようにして言った。
「ふん。貴様が件のクマムシ男か。冴えない顔だな」
会うなり辛辣なバグアント。
お前など嫌いだという思いが言葉の端々に窺える。
なぜそこまで嫌われているかは知らないが、王利とは相性が悪そうだった。
どうでもいいが、彼はなぜ変身したままなのだろう?
聞いてみた方がいい様な気がした王利だが、真由は普通にスルーしている
し、他に指摘しそうな人もいないため、触れずに行くことにする。
バグアントの外見は一言で言うならば黒い人だ。
蟻男なのだろうが、人間を蟻型パワードスーツで包んだ感じで、普通に昆虫の容姿をしているのではなく、蟻型のアーマーを人が着やすいようにしたもの。とでもいうべきか。
今も時折やっているバイク乗りの特撮ヒーローに似ている。
額の辺りに触角が生えているのがちょっと気になる王利だった。
動くたびにびょんびょん揺れるのだ。ついつい目で追ってしまっていた。
「まぁいい。ここまで来たのならもう後の祭りだ。さっさと入れ阿呆共」
手に持っていた受話器を乱暴に戻し、廊下を奥へと歩いていくバグアント。
普通の家に蟻男の組み合わせはシュールすぎる。
「ここ、本当に秘密基地か?」
「一階はカモフラージュですよ。二階は私と葉奈さんの部屋です。他の三人は地下で生活してますね」
三人? と王利は首を傾げる。
「バグカブトとバグアントだろ? バグシャークはもう……」
言ってからしまったと気付くが、真由は気にした様子も無く、「違いますよ」とだけ言って靴を脱ぐ。
王利も倣って靴を脱いで廊下に上がる。
兄であるバグシャークが亡くなって、まだ数日と経っていないというのに、真由は思い出して辛そうにすることもなく、笑みを浮かべて廊下を歩く。
プレゼント効果は未だに継続中らしい。
これならば、真由の機嫌取りにはヒーローものの限定バージョンを差し出せばいくらでも許してくれそうだ。
たとえば、兄さんの亡骸ですが、首領のおもちゃにされてるよ。とか言われても、きっと笑顔で許してくれ……
「ここで少し待っててください。王利さんからの初プレゼント、葉奈さんに自慢してきます。葉奈さんがちょぉっと嫉妬したりスト―キングったりするかもしれませんけど、構いませんよね?」
訂正。兄について触れたことに、返礼として葉奈の嫉妬心を煽る気だ。
王利は迷わず土下座で謝った。
しかし真由は許してくれなかった。
それでもなんとか土下座を継続していると、後を追ってくる気配がないことに気付き引き返してきたバグアントに目撃されてしまった。
凄く引いた顔をされた。
結局真由が今度食事奢ってくれたら許すと言ってきたので、迷うことなく手打ちにした王利。
了承してから財布を確認し、物凄く落胆していた。