狙われるヘスティ
屋上で様子を見ていた王利とヘスティは、モール内に侵入した二体の怪人に危機を募らせていた。
「どうします王利さん」
「ドルフィンなんとかが自由に動ける分こっちは満足に動けない。ソナーだっけか? 動いたらバレるな」
「人に紛れればよかったですけど。おそらく居場所はばれてるデス」
「じゃあ、ここにいる意味がないか。逃げるぞヘスティ」
と、ヘスティの手を引き屋上から逃げ出す。
しかし、それと同時に屋上へのドアからコックル・ホッパーとドルフィン・イーグルが現れた。
「見つけたぞ、ヘスティ=ビルギリッテ」
「なぜデス、なぜ父様をッ」
「お前が知る必要などない。一緒に来てもらうぞヘスティ」
右手を差し出すコックル・ホッパーに、へスティは王利の後ろに隠れる。
頼られていると分かる半面、二体もいる敵を相手に自分が勝てるのかと不安になる。
「小僧、ただの人間に扱える問題ではないぞ。そこを退け」
「冗談だろ? たかがGごときに人間様が後れを取るかよ」
「ならば、死ねッ」
コックル・ホッパーが駆ける。
一瞬で王利の前に辿りつくと、そのまま拳を叩き込む。
「flexiоn!」
コックル・ホッパーの拳が触れる直前、王利の身体が光を発し、変化を遂げる。
「――――ッ!?」
ベギリと嫌な音が響いた。
ヘスティが悲鳴を上げる。
コックル・ホッパーがよろけるように数歩下がる。
その間にはすでに王利が変身を終えており、ヘスティを守るように、漆黒の怪物がコックル・ホッパーに対峙していた。
「か、改造人間……だと!?」
折れた腕を庇いながらコックル・ホッパーが驚きの声を上げた。
ゴキブリの身体とイナゴの脚力を持つコックル・ホッパーも容姿が奇怪ではあるが、目の前の王利よりはまだマシだと、慄くように後ずさる。
彼の前に佇む改造人間は、もはや化け物としか言いようがない容姿なのだ。
鋭いアギトに背中からは六本のうねる触手。手は鉤爪を打ち鳴らし、流線形のフォルムは艶やかに光を放っている。
「何だ……貴様は……」
「ヘスティ=ビルギリッテは我がインセクトワールドが貰い受ける」
「バ、バカな!? インセクトワールドだと!?」
インセクトワールドは潰れたはず。
そんな呟きがドルフィン・イーグルから洩れる。
コックル・ホッパーの隣にやってきた彼は、驚くコックル・ホッパーに代わるように声を出す。
「ウソを言うなッ、インセクトワールドはもう壊滅したはずだ。だから我らは……」
「バカめ。誤情報を鵜呑みにしたな」
彼らにとって、クロスブリッドカンパニーを乗っ取る際、一番の危険はインセクトワールドが乗り出てくることだった。
インセクトワールドの首領とクロスブリッドカンパニーの社長に親交があったということから、彼らがインセクトワールドを危険視していたのは確かだ。
だから今まで無事だったのだ。
バグソルジャーによりインセクトワールドという後ろ盾のなくなった今だからこそ、彼らはクーデターを実行し、乗っ取りを成功させた。
しかし、そのインセクトワールド社が今だ存在しているとなれば話は別だ。
彼らにとって大きな障害となりかねない。
「ふ、ふふ。どうせ最後の生き残りだろう。貴様を殺してしまえばよい話だ」
「できるようならやってみろ。お前の装甲が壊れるのと、どっちが先か楽しみだ」
「ぬかせっ」
言葉と共に飛び上がるコックル・ホッパー。
空中から王利に向かい飛び蹴りの体制で突っ込んでくる。
王利はそれを避けることなくガードで応対。
コックル・ホッパーの蹴りが王利の腕に触れた瞬間、凶悪な衝撃が王利の体を貫いた。
それは足場のコンクリートを砕き割り、もろともに階下へ向けて崩れて行く。
「王利サンッ!」
崩壊する屋上から飛び降りながら、ヘスティが叫ぶ。
「ヘスティア、お前はこっちだ」
「изменение!」
同じように降りて来たドルフィン・イーグルが翼を広げ滑空する。
それを見た瞬間、ヘスティは変身の合図を叫んでいた。
ドルフィン・イーグルの手を掻い潜り、蝙蝠猫女が空へと舞い上がる。
「逃がさんッ」
ドルフィン・イーグルが旋回しながら空高く舞い上がり、再び滑空。ヘスティに向い突撃する。
対するヘスティはめいいっぱいに空気を吸い込み、怪音波を吐きだした。
凶悪な音波の波を受け、ドルフィン・イーグルが突然垂直に落下を開始する。
超音波で位置情報を正確に知ることのできるドルフィン・イーグルであるからこそ、効果が倍増し、一撃で気絶せしめたのだ。
ヘスティの間横を落下していくドルフィン・イーグルを見送った彼女は、消えた王利の後を追うことにした。
粉塵舞う中、ゆっくりと降下していくヘスティ。
モールの二階から一階へと降りた時だ、すぐ近くの地面に落ちたドルフィン・イーグルが爆発した。
爆風に煽られ身体が傾く。
空気を叩き損ねた羽は懸命に羽ばたくもヘスティの体は急速落下を初めてしまう。
激突してしまえばドルフィン・イーグルの二の舞いだ。
ヘスティは羽を折りたたみ身体を丸めると、猫のようにくるりと回転。崩れた壁面の一つになんとか着地する。
「あ、危なかったデス」
「残念だが、まだだ」
息を吐くヘスティの背後で、粉塵に影が生まれる。
驚き振りかえるヘスティの首を、突き出た腕が掴み取る。
「ッ!?」
「ドルフィン・イーグルがやられたのは予想外だったが、任務は完了だ」
「な……で? お……りさ……は?」
声を出そうとするがヘスティの口から洩れたのは、おおよそ言葉にならないうめき声だった。
粉塵が薄まり、相手の顔が見える。怖気のはしるゴキブリの顔。コックル・ホッパーが足を引きずり立っていた。
「よくやってくれたヘスティ=ビルギリッテ。お前の落としたドルフィンが奴を巻き添えに爆死したおかげで、こうして貴様を捕えられたわけだ」
「そ……な」
そんなバカな。ヘスティは絶望に染まる思考を振り払う。
自分のせいで王利が死んだなど信じられるはずがない。
けれど、コックル・ホッパーがここにいて、王利の姿が見当たらない。それだけは確かで、それはつまりヘスティのせいで……
霞み始めた瞳の先に、何かが映る。
コックル・ホッパーの背後に近づく奇怪な怪人。
いや、奇怪などでは決してない。ヘスティはその姿を奇怪などとは思えない。
粉塵に霞むその姿は、まるで正義の味方のように、雄々しく映った。