特別編・バグソルジャー結成秘話3
松木戸耕太は眼下に見える校庭を静かに見つめていた。
校庭ではラグビー部の面々が練習で汗を流している。
本来であれば、自分もそこに加わっていたはずだった。
次期部長として一番支持されていた彼だったが、結局ラグビー部は自分から退部せざるをえなくなった。
部員たちに惜しまれながらも適当な理由で逃げるように去った自分が悔しい。
もしも、改造されたりしなければ、自分は未だにラグビーを続けられただろうに。
しかし、もしもの話をしても意味はない。
今の彼はインセクトワールド社に拉致され、改造手術により人よりも強力な身体にされてしまったのだ。
こんな体でラグビーなどをしてしまえば、部員たちも試合をするだろう他校の生徒も大怪我ではすまないだろう。
彼はもう、ラグビーなどをできる肉体ではなくなったのだ。
悔しくもあるが、なってしまったものはどうしようもない。
せめて自分と同じように後悔する怪人が生まれない様、インセクトワールド社を潰さなければ気が済まない。
彼は校庭から背を向け、大学の校門へと歩き出す。
一応、去年から大学生をしているが、勉強など二の次で、ラグビーに全てを捧げていたと言っても過言ではなかった。
だから大学で過ごす意味を見失った気さえする。
そのうち退学届でもだそうかと考えながら校門を潜った時だった。
「やぁ、松木戸耕太君。君の事はいろいろと聞いているよ。初めましてだねカブト男君」
突然の声に、思わず振り向いた。
まさかインセクトワールド社の刺客か!? と疑ったぐらいだ。
そもそも改造されたのは二日前だ。
洗脳される直前、偶然地震が起きた。
揺れのおかげで目覚めたのだ。
後は周囲を確認した瞬間、無我夢中で拘束を解き、無我夢中で暴れながら脱走した。
驚く白い服の男たちが洗脳がまだだとか、自爆装置を付けてないぞ。などと声高に叫んでいたが、そいつらの殆どを怪人化した状態で殴り殺しておいたので、改造人間が創造される期間は少し遅くなったはずだ。
「誰だお前はッ!?」
驚く彼の前に居たのは、瓶底メガネをかけた女性だった。
服装はセーラー服に白衣を掛けた状態で、三つ編みのお下げが左右から垂れさがり、白衣の一部を隠していた。
白衣のポケットに両手を突っ込み、どこか格好を付けた佇み方で立っていた。
おもむろに右手人差し指でメガネの中心を持ち上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「誰だチミはと聞かれれば、答えてやろうではないか」
少し低い少年の様な声で、目の前の女が不敵に笑う。
「ふっふっふ。ははは、はーっはっはっはっはッ。心して聞くがいい。ボクの名を。そして恐れよ。敬え。畏怖をしろっ! 我はこの世に望まれ正義のために悪を貫くマッッッヅサイエンティィィスト。ドクターコズミックスペースアルティメッター。またの名を、花菱鹿波様であるッ」
長い上に意味不明な自己紹介だった。
しかも手振り身振りをいちいち付けてうざったいことこの上ない。
心が広いとラグビー部部員たちに良く言われていた耕太といえどさすがに相手にしたくないなと思ってしまった。
正直放置して帰りたいが、自分に対して話しかけてくる以上無碍に無視するわけにもいかなかった。
ため息を吐きながら自称マッドサイエンティストの女を見つめる。
「で、何の用だ?」
「ふっ。インセクトワールド唯一の汚点、脱走者カブト男」
用事を聞いたのに返ってきたのは耕太が一番隠したい事実だった。
相手は危険人物だと、即座に構えを取る。
いつでも変身して戦えるよう、相手の一挙手一投足に意識を集中させた。
「ふっふっふ。はーっはっはっは。いい。実にいい。君こそ我が立ち上げる対秘密結社、バグソルジャーに相応しい!」
「……何だそれは?」
「ふっ。君は、自分を改造した秘密結社が憎くはないか?」
耕太が一瞬構えを解いたことを見抜いたドクターは質問に質問を重ねた。
耕太としてもその質問は興味深い。
事実、先程まで考えていたことだ。
あの秘密結社は潰さねばならないと。
「ボクは君のような秘密結社に改造されながらも運良く逃げ出した者たちを集めている。君たちの力で逆に秘密結社たちの行動を阻害、できるならば潰していってほしいんだよ」
その言葉に、耕太は眼を丸くした。
自分以外にも同じ境遇の者が居るということにも驚きだが、それを集めて対秘密結社の組織を設立するというのだ。
もちろん断る理由など見当たらなかった。
しかし、彼女の言葉を信じ切ることはできない。
そもそも、いきなり現れてこんな相談を持ちかけてくる相手なのだ。
信用など皆無に等しい。
しかし、もしも本当のことならば、これほど渡りに船なことはない。
なにせ自分一人では秘密結社の改造人間に勝てるかどうかわからないのだ。
一対一の戦いでは、改造人間同士の戦いは拮抗する。
どんなに格下の相手でも自分に不利な能力を持っているだけで容易に勝敗が逆転するのだ。
しかし、仲間がいればどうだろう。
単純に二対一。三対一。相手を圧倒できる。
複数対複数の対戦でも、能力の組み合わせが可能なので勝率はグンと上がる。
もしも、こちらを利用するだけの目的だったとしても、十分に魅力的な提案ではある。
相手がインセクトワールドの刺客でさえなければだ。
「まぁ、いいだろう。一応、乗ってみてやる」
「それはよかった。じゃあ、せっかくなんでリーダーよろ」
軽いノリでリーダーに抜擢された。
しかも他のメンバーに会ってもいないのにである。
思わず肩を落として「は?」と気の抜けた言葉を言い放ったも仕方ない事だった。
「い、いや、さすがにいきなりリーダーを任されてもだな……」
「さっそくメンバー紹介と行きたい所ではあるけどな、残念ながら悠長にしている時間はない。ついてくるのだバグレンジャーのレッド、そう、バグカブト! 急げ、仲間に危機が迫っている!」
耕太の言葉を完全スル―してドクターが走りだす。
反論すら許されず置き去りにされた耕太。
頭を掻き、ため息を吐きながら、仕方なく彼女の後をついていくのだった。