魔王爆殺計画・前篇
「戦況はっ!?」
「変わらずです」
魔王との戦場に戻った王利に、手短にいたエルフ兵士長が告げる。
可もなく不可もなく。
葉奈の毒によりリベルレが何度か戻りエルフに治療を受けたくらいで、他の変化は無かった。
しいて言えばエルフたちの魔力の残り具合が心もとなくなってきた。といったところだろうか。
魔力が切れてしまえば回復手段を失いリベルレは放っておいても死を迎えることになる。
バグパピヨンの毒はそれ程強力なのだ。
「ちょっと、王利さん、兄さんたちどうだったですかっ」
「それが……」
毒の治療に戻ってきたバグリベルレを見て、思わず言葉に詰まる王利。しかし、自らに言い聞かせて言葉を吐き出す。
「どこにもいないんだ。行き違いになったかと思って帰って来たんだ」
「えーっ。この非常時にホントどこ行ってるんですかね全く。外に逃げ出してたら後でフルぼっこですよ」
頬を膨らますような言動のバグリベルレに、王利は心の中で謝った。
すでに、彼女の兄はいないのだ。
事実を知ってしまった時、彼女は泣くだろうか?
王利には、胸が詰まる思いでいっぱいだった。
「誰を、屠る気か、良く聞かせて貰おうか」
王利の背後から声をかけ、首領とエルティアが現れる。
エルティアの魔法で回復したらしく、首領の体は傷一つ見当たらない。
「あーっ。何してたんですかっ。こっちは大変なんですよっ」
「すまん、少々花を摘みに行っておった」
不敵に笑い首領は魔王を改めて見上げた。
腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
「ふむ、毒蝶女の毒も効果は無しか」
「ええ。こうなったら俺の中にある自爆装置をぶつけるくらいしかないと思うんです」
まるで今初めて話すように王利が伝えると、首領も初めて聞いたと言うように驚いて見せる。
「ほぅ。確かにそれならば奴を倒すのも可能やも知れんな。しかし、身体から取り出した時点で爆破するぞ」
「おーっ。さっき言ってた奥の手は自爆装置ですか。でもどうやってあいつの元へ? ホントに自爆しちゃうんですか?」
「それは遠慮被る。なんとか身体から取り外せませんか?」
「そうだな……」
と考え込む首領。バグリベルレに見えないところでエルティアに合図を送る。
「そ、それでしたら、私がその自爆装置とやらの時間を止めましょうか?」
「ええっ、時間止められるのっ!?」
「は、はい。常識ですよね? なんでそんなに驚くんですか?」
さすがに、最後の方は少し自信なげに萎んでいたが、バグリベルレは気にすることなくエルティアの両手を握る。
「エルフって凄いんだね。今度私にも魔法教えてくださいっ」
「世界が違うから出来ないと思うぞ」
「ひどっ。乙女の夢をいきなり摘まないでください。だったら魔法使えるようになったらどうしてくれるんですか!」
「ふむ。では世界の半分をくれてやろう」
「捻りますよ芋虫女っ。葉奈さんが苦戦中なんでさっさと爆弾作戦に取り掛かってくださいっ」
「ちっ。ノリの悪い奴め」
頭を掻いて首領は王利の前にやってくる。
王利は準備の為、一度変身を解いて生身を晒す。
「ちなみに、爆弾は心臓の中に入れてある」
「……はい?」
不快な事実に思わず聞き返す王利。
その体には唐突に鳥肌と冷や汗が吹き出した。
「心臓ごと抉り取るのが一番な訳だが……覚悟はいいな」
当然ながら覚悟など出来るはずもなかった。
「エルティア、時止めの魔法と蘇生魔法。蜻蛉女、お前がやれ」
「えっ、わ、私!?」
「このひ弱な体で男のろっ骨を砕き心臓を抉りだすことなど出来ると思うか? 我はとてもか弱いのだ」
薄笑いを浮かべながら言われても説得力がなかった。
しかし、彼女の言葉は的を得ていることもあり、納得いかないながらもバグリベルレは王利の前に立つ。
「ふむ、蘇生魔法は兵士長がやるのか、時間短縮になって丁度良い。皆、準備はもう済んだな? 蜻蛉女、貴様の翅でW・Bを持ちあげろ、W・Bは爆弾と共に突撃だ」
全員の顔を見回し、首領が厳かに告げた。
「やれ! 親の仇を討つ程の憎しみでっ」
あれ? この人、もしかして俺の身体使って兄殺しの罪うやむやにする気じゃね? なんて心の中で思った王利。
王利の戸惑いなど気にすることなく、バグリベルレはまさに兄の仇を討つ程の憎しみを込めた力で王利に拳を繰り出した。
一瞬後、胸元に嫌な感触が伝わる。
痛いとか気が狂うとか、そんなことは一切なかった。
ただ、自らの身体を構成する大切な何かが、無慈悲に奪われる。
その感情だけは確かにあった。
身体から引き抜かれるバグリベルレの手を思わず目で追う。
そこに存在する脈打つモノに、知らず右手が伸びていた。
まるで、大切なモノを取り戻そうとするように……
しかし、それは無慈悲に奪われる。
「時止める空間っ!」
エルティアの魔法により、心臓の拍動が止まる。
自爆装置を中心に、立方体の時間が停止した物体が出来上がった瞬間だった。