首領 VS バグシャーク・中篇
「俺が叩き潰されるだけの小虫かどうか、テメェの命で確認させてやるッ」
境也はバグシャークへの変身を終え立ち上がる。
その容姿はまさに鮫。
鮫の身体に四肢がくっついた身体つきに、首領は思わずほくそ笑む。
「おお怖い。しかしどうする鮫男よ。貴様の攻撃で我が倒せるか?」
「パピヨンから聞いたぜ。俺らの能力は全て把握してるとかよ。でも、そりゃあどうだろうな?」
言って、バグシャークは己の口へと両腕を突っ込む。
バキリと幾つもの何かを折り、口から腕を取り出した。
「歯?」
「こいつぁバグソルジャーになってから使いだした技でな。水の無い場所でも空中戦に参加できる技だ。妹を活躍させるために実戦で使ったことはないがな。つまり、テメェが初の犠牲者だ」
右手を振う。
怪人としての怪力で強化された刃が首領向けて放たれた。
それはもはや刃の弾丸。
微動だにできなかった首領の頬を浅く裂き、背後の壁に風穴を開けた。
さすがに予想外の攻撃で、首領の頬に冷や汗が伝った。
「そら、逃げ惑えよ、化け物女ッ」
両腕から放たれる無数の刃。
薄暗い廊下に点々と光が零れだす。
もはや首領に余裕は無かった。
歯を食いしばり必死に回避する。
彼女は今、紙一重で避けているにすぎない。
少しでも動きが鈍れば、すぐ後を追ってくる弾丸の群れにハチの巣にされるだろう。
鮫の歯は抜けた先から生え変わる。
鮫の改造人間であるバグシャークは相手を喰い殺すという特性上、歯は瞬時に生成されていく。
つまり、無限に打ち出される刃の嵐。
遠距離攻撃のない首領にとって、絶望ともいえる攻撃だった。
せめて王利がいれば、彼の装甲ならばあるいは耐えきれたかもしれない。
しかし、魔王に掛かりきりの王利が異変に気付くとも思えない。
助けに来る可能性など殆ど無かった。
バグシャークから円を描くように逃げ惑う首領。
攻守は既に逆転し、この場から逃げ出す手立ても残されてはいなかった。
脇腹に一撃掠めて行く。
普通の人間であれば痛みで動きを鈍らせていただろう。
その瞬間無数の歯に穿たれて死が確定する。
しかし、今の首領が操る身体は、少女のゾンビである。
首領本体の体ではないのだ。
だからこそどれほど傷をつけようと痛みは無い。
彼女にとって幸いだったのは、痛みで鈍る心配がないことだった。
幾つかの避け損ねがあろうとも、動きを鈍らせることなく回避行動に移れたのである。
それでも、所詮は人間の身体。
酷使すれば痛みを感じなくとも限界は訪れる。
いや、痛みを感じないからこそ、自らの身体の破損に気付けない。
絶えず動き回る彼女の足で、突如、ブチンと音がした。
「ッ!?」
機動力を失った首領が無様にすっ転ぶ。
倒れたおかげで水平に飛んでくる弾丸を避けることは成功したが、もう、彼女が動くことはできなかった。
「ハッ。何だオイ、追っかけっこはもぅ終わりかァ?」
「無理を言うな、所詮はか弱い少女。靭帯が切れれば動けるはずもない」
さすがの首領も顔を青くしてバグシャークを見る。
それを見たバグシャークは絶対的な勝利者の立ち位置を悟った。
相手が動けないと知ると、歯を投げ捨て悠々歩み寄る。
「どうよ? 見下してた男に見下された気分は?」
「さぁて、別に見下した気は無いのでわからんな。所詮虫は虫。見下す程のものでもあるまい」
「はは……見下すまでもないと? 内臓ぶちまけてくれようかクソ女ッ!!」
再び両手を口に入れるバグシャーク。
取り出された腕から見えるのは、無数のギザギザの歯。
「なるほど、マシンガンというわけか」
「肉片一欠けらすら残さず消してやるぜ。二度とその口を聞けなくしてやる」
「それで? 我を消した後、貴様は何をするつもりだ?」
「アントの宣言通り異世界を移動する道具を手に入れる。奴に渡してそれで終わりだ。後はまた、他の秘密結社を一つづつ潰すだけだ」
「所詮、志を持たぬ者はその程度か」
「抜かせッ」
咆哮にも似た怒声と共に全ての刃を叩き込む。
逃げることも敵わぬ首領は敗北を悟り、目を伏せた。
別に敗北することに無念はないが、王利に埋め込んだ自爆装置は、首領の死と共に破裂する。
彼自身に知らせぬまま、道連れにしてしまうことだけが、彼女にとっては心残りだといえた。
「反射の盾」
刃が肌へと触れる刹那、誰かの声が聞こえた気がした。