秘密結社インセクトワールド VS 四天王・後篇
エルフ軍は絶望に顔を歪ませ、勇者と魔族の対決を見守っていた。
魔王四天王はエルフや他の種族が束になっても勝てるかどうか不明の者たちである。
大地の力を操ると言われるドワーフ族はロクロムィスを一度撃退したと言っていたが、エルフが扱う魔法では、ロクロムィスへの決定打となるものがなかった。
さらには地中へと自由に潜る性質を持つロクロムィスである。エルフが魔法を使った所で地面に潜り、下から攻撃されれば、エルフ軍はまさにアリ地獄に嵌ったアリの群れである。なすすべなく駆逐されるだけだった。
エスカンダリオにしてもそうだ。
ダークエルフ族の攻撃により撤退したとの報告こそあったが、その時はバグパピヨンが同席していた。
その彼女もダークエルフもここにはいない。対策を練ろうにも、この二体は王利と首領で倒す手はずになっているので碌な対策を練っていなかったのである。
つまり、二人の敗北はエルフ軍の敗北。ひいては全世界の敗北に繋がる。
だから、エスカンダリオの高笑いに、全員が祈る様に王利を見る。
伝承の救世主とされる勇者の奇跡が起こる事を願って。
だが、エスカンダリオは無常に告げる。
「さあ、ロクロムィス、共に奴を殺し世界を魔王様の手にっ」
エスカンダリオに誘われるようにロクロムィスが王利に近づいてくる。
挟み撃ちにされた王利はさすがに肝を冷やしていた。
「貴様の装甲もロクロムィスの胃液には勝てまい」
胃液あるんだ? とどうでもいいことを思ってしまう王利。
大きく口を開くロクロムィス。
逃げ出そうとする王利だったが、エスカンダリオの暴風に足止めを喰らいその場から動けないでいた。
間近に迫る大口。
エスカンダリオの高笑いだけが木霊する。
もはや万事休す。何もする事も出来ず、王利はただただ暴風を防ぐ。
暴風に飛ばされて脱出することも考えたが、空中に投げだされればエスカンダリオに風を操作されてロクロムィスの口へと吹き飛ばされるだけだ。
だからこそ、動く事も出来ず、ただただロクロムィスが近づいてくるのを見ているしか出来なかった。
「死ね、我らに仇なす者め、己が愚行を悔い……」
突然高笑いが消えた。
いや、高笑いだけではなく、王利を襲っていた暴風も、エスカンダリオ自身も突然消えていた。
王利が周囲に視線を走らせるが、エスカンダリオが居た場所にはロクロムィスが口を閉じているだけだった。
意味が分からない。
ロクロムィスは王利を喰らうことなく、エスカンダリオは突然消失。
王利には戸惑う事しかできなかった。
「ん?」
少し違う。
それはロクロムィスの眼。
そこに巨大な芋虫のような突起が生えている。
岩蛙はその身体を土へと向けて沈み込む。
茫然とする王利の前で、嫌に呆気なく大地に同化していった。
「あれ?」
しばらくすると、地面が一部隆起する。
中央に何かが飛び出した。
人の手をしたそれは目一杯に開くと、助けを呼ぶように手を振ってくる。
恐る恐る王利は近づき、その手を掴んだ。
ゆっくりと引っぱってみると、女の子が引っこ抜かれる。
見覚えのある芋虫目玉に王利は一瞬思考停止してしまった。
「ふぅ。さすがにあの巨体を乗っ取るのは疲れるな」
「しゅ、首領!?」
自身に付いた砂を払い、少女姿の首領が地面に着地する。
王利の手を離して隆起した地面を足で埋め始めた。
「な、何したんですか首領ッ」
「うむ、ロクロムィスの奴を内から乗っ取って殺してやったのだ。ついでにエスカンダリオを体内に閉じ込めて生き埋めだ。かなり深く埋葬してやったから出てこんだろう。くく、はーっはっはっは」
と、勝ち誇ったように高笑い。
心底恐ろしい人だ。王利はこの人だけは絶対に怒らせないでおこうと心に決めた。
「土を操るというても所詮は生物、脳を奪えばただのゾンビよ」
「でも、その身体のまま操れるんですか?」
「いや、一度身体から出ねばならんかったが、口内に入ってしまえば鼻孔から脳へ直通なのでな。この身体を脱ごうが敵対者はおらん。楽な乗っ取りだった。ハァーハッハ」
みょいんみょいんと両目の芋虫を脈動させながら、大声で勝利宣言。
これを聞いた魔物たちが一斉に踵を返し魔王城へと戻り始める。
レウコクロリディウム女。
相手を内から支配する最悪の改造人間に、王利は敵対者でなかったことに安堵を覚え、幹部連中が彼女を崇拝して恐れた気持ちが少しわかった気がしたのだった。
「さぁ、皆の者、これで残るは魔王のみ。魔物の俗物どもなど放っておけ。頭を取れば即座に瓦解しよう」
勝鬨を上げてエルフ軍が進軍を始める。
ついでに国王が四方に早馬を飛ばしていた。
「今回は活躍できなかったようだなW・B」
「首領が凄すぎるだけですよ。まさかお一人で魔王四天王二人を倒すとは、御見それしました」
「ふふ。よいよい。そう褒められると世辞であろうが悪い気はせんな」
「世辞なんかじゃないですよ。俺……じゃない私ではあの二体相手に手も足もでませんでしたから」
「相性の問題もあろうしな。魔王戦は期待するぞ?」
「はっ。必ずや勝利をこの手に」
正直この首領さえいれば魔王なんぞ訳ないんじゃないかと思う王利。
鉤爪の手を首領に見せて、誓いを立てる。
王利の忠誠を感じ取ったのか、首領はさらに気を良くして歩き出した。