黒き毒蝶の恋愛事情3
葉奈は森の中で佇んでいた。
今すぐにでも王利を助けたい。
そう思いながらもこんな場所にいるのは、自分の気持ちが贋物であると指摘されたからに他ならない。
気持ちの整理がつかない以上、共に闘う訳にも行かず、答えの出ないままケンウッド平原に至る手前の森に隠れるように逃げ込んでいた。
手近な木に持たれて空を見上げる。
木々の合間から覗く空は腹の立つ程に青く透き通り、心地よい風が森をざわめかせていた。
木漏れ日溢れる森の中、葉奈は沈んだ気分でただただ無為な時間を過ごす。
「あーっ、居たッ」
不意に、聞き覚えのある声が聞こえて、視線を戻す。
木々の隙間から、金色の髪を持つ少女が現れた。
「真……由?」
「葉奈さん、やっぱりこっちに来てたんですね。探しましたよー」
満面の笑顔で近づいてきたのは望月真由。
驚く葉奈に向かい突貫よろしく飛びついてきた。
腰元に抱きつくとえへへと笑い、青い眼を細めた。
「なんで真由がここに?」
「あのね、W・Bとかいう奴のせいでこっちに来ちゃったんですよー。葉奈さんも会ったでしょ、あの奇怪な容姿の怪人さん。あれ? 葉奈さんの彼氏でしたっけ?」
それで彼女がここにいる理由が大体理解できた。
王利が前に言っていたとおり、バグリベルレとバグシャークはこちらの世界に連れてこられ、先に来ているだろう葉奈を探していたのである。
「お兄ちゃんも一緒だよ。今は別行動中だけど」
「そうなんだ。怪我はしてない?」
「あったりまえじゃないですか。私、こう見えても捕食者ですからっ」
それもそっかと納得して笑いあう。
殆ど日数は経っていないはずなのに、もうずいぶんと会えてなかった気がしてくる。
真由の顔が懐かしく、ついつい頬を撫でていた。
「どうしました? 泣いちゃってますけど」
言われて気付く。自分が泣いているなど全然気付いていなかったのだ。
「あ、あれ? おかしいな……」
認識した途端、何故か哀しくなった。
感情がよくわからないほど混ざり合い、言葉にできない悲しみが押し寄せる。
「なんで……別に、悲しくないのに……」
涙が止まらない。
「何かよくわかりませんけど、えっと、こういうときは……さあ、俺の胸で泣くといい」
「何よそれ」
クスリと笑いながら葉奈が言うと、真由がなだらかな胸を目一杯張って見せた。
「えー。テレビとかでよくやってるじゃないですかー。ほら、今ならタダで貸してあげますよ。ほらほらー」
少し迷ったが、結局葉奈は甘えることにした。
尻からぺたんと地面に座り、真由を目一杯抱きしめ泣きだした。
「ぎゃああっ、ギブギブッ」
真由の身体からベキミシと軋みが上がっていたが、葉奈は無視してさらに力を入れて抱き寄せる。
しばらく真由から悲鳴が上がっていたが、一分もしないうちに静かになっていた。
「な、なるほど、話はわかりました」
背中を叩きながら寝そべる真由が、疲れた表情で応えた。
葉奈は自分が愛玩用改造人間であった事実を真由に伝え、自分がどうすべきかを聞いていた。
その過程で王利との逢瀬やこの世界で行ったことを真由に話して聞かせた。
包み隠さず事細かに、何か一つでも隠してしまうと、罪悪感を抱くだけじゃなく、正義の味方としてもやっていけない気がしたからだが、話終えてから王利が危険になったのではないかと心配になってしまった。
もしもこの話を持月境也や他のバグソルジャーが聞けば、王利を倒す何かしらのヒントを得てしまうのではないか?
そんな心配で胸が一杯になってくる。今すぐに王利の元へ向って自分が助けるべきではないかと思ってしまう。
けれど、それはきっと植えつけられた感情でしかない。
「葉奈さんにとって恋愛とはなんですか?」
「恋愛? そう言われても漠然としか……」
「愛玩用とか感情操作とか私にはどうすることもできませんが、話聞いた限りじゃその王利さんって人は悪い人とも思えませんけどねー。身体の中にある爆弾を何とかすればバグソルジャーになってくれませんかね」
「無理だと思うわ。王利君は望んでインセクトワールドに入ったって言ってたし」
「んー、でもインセクトワールドは実質的に壊滅させちゃったしぃ、首領を倒しさえすればなんとかなんない? 王利って人倒したら多分葉奈さん死んじゃいそうだし」
「この感情からいけば、そうなるかな」
自分の胸に手を当てて、葉奈は一人言ちる。
「王利君……」
意識すると、ついつい口から洩れ出るのは愛しい人の名前。例えその感情が偽りだとしても、葉奈の行動理由を全て奪うに等しい感情だ。
「…………はぁ。わっかりました。王利さんと交渉しましょう。私も付き合ってあげますから」
「でも……」
「結局、葉奈さんの感情はもう変わりようないんです。それに葉奈さんが王利さんを意識しないかぎりはその発情モードにならないんですよね」
「だ、だから発情じゃないってば」
「王利さんとやらに死なれると葉奈さん使えなくなっちゃいますんで」
「うぐ。反論できない」
落ち込む葉奈にほほ笑んで、由真は彼女の手を引いた。
「さ、行きましょうか。正義の味方は最高のエンディングを迎えるために行動するのですよ。上手くいけばあの首領さんも取り込んでしまえるかもですし。昨日の敵は今日の友。友愛は正義の証ラブレンジャーですよ」
「調子に乗んなバカ」
由真の手を照れ隠しに振り払い、彼女の先を速足で行く葉奈だった。