秘密結社インセクトワールド VS 四天王・前篇
ケンウッド平原に歩を進めたエルフ軍は、広い平原を挟み魔王軍と対峙していた。
すでに魔王にも情報は伝わっているのだろう。
遠方には二体の巨大な魔物が見える。
他国への侵略は一時取りやめにしたらしい。
おそらくは四天王を二体屠った者がエルフ軍に紛れていると知ったからだろう。蹂躙よりも強敵の撃破を優先させたようだ。
「ほぅ。アレが噂の四天王か」
「あのカエルみたいな岩がロクロムィス、渦巻く風がエスカンダリオですね」
首領の言葉にエルティアが答える。
首領はコクリと頷き、傍らに佇む唯一の兵士に声をかけた。
「W・B。エスカンダリオをヤれ」
「葉奈さんは、待たないんですか?」
「構わん。風を操る敵がいる以上、奴の毒粉はむしろ脅威だ。ロクロムィスならば我独りで十分だしな。上手くすればもう一匹も……」
葉奈はいない。少し前、バルコニーからふらっと姿を消して以来、全軍出発の段になっても帰ってこなかったのだ。
王利としても心配だったが、首領が放置して構わないというのだから大丈夫なのだろうと一人納得する。
そもそも葉奈が不意をつかれてそこいらの魔物にやられるなどといった心配程無意味なものもないため、王利は一先ず葉奈のことは頭の隅に追いやった。今は、目の前に悠然と近づいてくる残りの四天王が優先である。
クックと笑う首領。
腕組みを解くと、ロクロムィス向け歩き出す。
王利も同じく横を歩いてエルフ軍から突出。
ケンウッド平原中央付近へと二人で歩き出ると、魔王軍向けて大声で宣言した。
「残る魔王四天王は二人、我らは貴様らに決闘を申し込む。フィルメリオンならびに、トリルトトスは我らが倒した。返事や如何にッ」
すると、ロクロムィスとエスカンダリオが魔物たちをその場に待機させ、自分たちだけ歩み出る。
「貴様らか、他の二体を倒した奴は。エルフ共にやられるはずがないと思っていたが、まさかこのような奇怪な娘にやられようとはな」
「ふん。奇怪はお互い様だ、岩蛙め」
グェッグェッと笑うロクロムィスに首領はクックと笑い返す。
なるほど、確かにロクロムィスは岩で出来たカエルが座っているような格好だった。目玉がある場所は空洞になっていて、口も開くが内部は真っ暗闇の洞穴に見える。足は無く地面と一体化しているので、歩くというよりは地面の中を移動すると言った方がいいのかもしれない。
その横で、実体を持たないエスカンダリオが王利を見下していた。
風で出来たらしいその体は無色透明。中央だろうか? なぜか目視できる厳つい顔がなければどこに居るかすら判別不能だ。生物というより風そのモノと言った方がいいかもしれない。
「我に仇なすは貴様か。実体を持たぬ我に敵うと思うてか」
「風で切り裂く精霊か……俺の装甲大丈夫だよな? 後は倒す方法か……」
王利にエスカンダリオを完全に倒すことはできそうになかった。
そもそも物理攻撃しか使えない王利が敵うはずもない。
一応ここに来るまで思考を巡らせてみたモノの、いい対策など全く浮かんでこなかった。
「さて、どうするかな……」
「エスカンダリオに物理攻撃は効きませんよ?」
気が付けば、隣にエルティアがいた。
それは既に知っていることだったが、エルティア自身もそれは承知していたことだった。
確認のためかと思い、ふと気付く。
エルティアが、王利の真横にいる事実に。
「エルティアッ!?」
「魔法でお手伝いさせてください。私の魔力は微々たるものですが、王利さんのお役に立てて下さい」
「いや、大丈夫。ケガの無いよう離れておいてくれ」
「でも……」
「魔法でどうにかなる相手なら、既に退治出来てたはずだろ」
少し不満そうにしながらも、エルティアは頷く。
エルティアが下がるのを横目に、王利はキーとなる言葉を口にする。
「flexiоn!」
溢れる光と共に地を蹴り、エスカンダリオへと特攻を仕掛ける。
しかし、相手はただの風。
素通りして背後に着地した。
「無駄だ。バカめ」
「先刻承知ッ」
風の唸る音を聞き、王利は前へと転がる。
その頭上を風の刃が通り過ぎた。
「光の聖剣!」
唱えられたエルティアの呪文で王利の右手に光の刃が現れる。
いいと言ったのに気を回したらしい。
仕方ないなと苦笑しつつも、攻撃手段を手に入れられた王利はエルティアに感謝した。
「これはどうだっ」
エスカンダリオに一撃。
しかし風の邪霊であるエスカンダリオに効果は無かった。
魔法剣といえど、実体無き魔物を斬る事はできないらしい。
「無駄だと言ったぞ」
風が悲鳴を上げる。
王利の肌に触れる不思議な感覚。
刃物とは別種の鋭利な物が王利を切り裂く。
しかし、王利の装甲もまた、傷付くことは無かった。
「む?」
「焦った。さすがに風は受け切れないかと思ったぜ」
ただ、攻撃が双方効かないとなると、決めてに欠けた。
ならば首領が相手をやっつけて二対一で……と王利が首領の方へ目を向ける。
丁度腕組みしたままの首領がロクロムィスの大口に飲み込まれるところだった。
「ええぇっ!?」
「ククッ、威勢の良かった小娘はロクロムィスに喰われたらしいな。これで二対一。どうする小僧」
さすがにこの状況は王利にとっても予想外。
ロクロムィスが喉を鳴らせて首領を飲み込むまで、思わず見守ってしまった。
「さて、これで我々の勝利は確定だな」
「……マジで?」
風の中心に顔を創ったエスカンダリオが笑う。
移動中は風にまぎれてしまうものの、止まると必ず中央に顔ができるので、相手の位置は分かる。
しかし風なので物理攻撃も光の剣も効かない。
本当に打つ手が、見当たらなかった。