葉奈さんは妄想中
その日、真由はただただ呆れた顔をするしかなかった。
珍しく秘密基地に戻って来なかった次の日、葉奈は誰よりも早くそこに居た。
地に足が浮いたような状態で、さっきからずっと崩壊した笑みを浮かべているのだ。
時折うへへと笑い声が漏れる。
傍から見ると気持ち悪い。
美人が台無しだ。そう思う程に今の葉奈は幸せな笑みを浮かべるのみだった。
だから、何となく察してしまう。
気付けば真由もニマニマとした笑みを彼女に向けていた。
遅れてやってきたメンバーたちが怪訝な顔をするなか、二人の少女だけが無駄に幸せそうな笑みをうかべていた。
「何かいいことあったんですか真由さん?」
「おー、鐶ちゃん。ついに葉奈さんが大人の階段昇ったっぽいのですよ。見てくださいこの恋する乙女全開の顔」
「あ~、確かに」
最近、鐶は怯えた表情やら遠慮した表情が無くなってきた。
ようやくバグソルジャーの一員として定着して来たのだろう。
むしろ攻撃的な性格が前面に出て来たようで、仲間に意見することも多くなりだした。
そんな彼女が呆れてみせるほど、葉奈の姿は人目に見せられるモノではなかった。
「おい、パピヨン、惚けるのは構わんが涎出てるぞ」
「ダメだアント。お前の声が聞こえていないようだぞ」
「さすが王利さんですね。まさか葉奈さんをここまで使えなくさせてしまうとは……」
戦慄の面持ちで真由が呟く。そんな彼女に呆れた様子の皆が溜息を吐いた。
「とにかく、先程ラナリアから入った情報を精査しよう。時間が無い」
「ええ。コリントノヴァが関わってるなら葉奈さんにとっても捨て置けません。今回はラナリアに踊らされましょう」
真由たちが席に着くと、待っていたかのようにドクター花菱とほたるんが現れた。
「で? ラナリアからの詳細はどうなんだほたるん?」
「はい。参加している秘密結社はかなりの数に上ります。コリントノヴァとノーネイムを代表に据え、たった一人を拉致しようと動いているようですね。その対象人物はラナリア首領の弱点になるかもしれないというあいまいなものですが」
「実は対象について、ラナリアは既に把握しているのだろう。自分の尻に火が付いているのに悠長なことだな。ラナは自力で問題を解決できるとでも?」
「問題はありません。ラナやクルナが封じられたところで首領に問題は発生しません。いざとなればW・Bとその付き人、エアリアルの投入もあるでしょうが。その前におそらく……」
「おそらく?」
「いえ、あらゆる危機を想定すべきであると提案しておきます。敵は怪人だけではないかもしれません」
「ちっ。まだ何かあるのか。面倒な」
「ところで、奴、レウコクロリディウムの行動に付いて伝えれることは?」
カブトの呟きを遮りアントが話題を変える。
「そうですね……元祖首領をレウコ、二代目首領をクロリ、三代目をディウムと名乗るようにしたようです」
「は?」
「うそっ!? あの首領三人もいるんですか!?」
「……口が滑りました。忘れてください」
問題発言だったらしい。バグソルジャーにとっては情報が一つ手に入って良かったといえるが、首領と呼ばれる存在が三人も居ると言われていい気分ではない。
「ちなみに、我々が首領と認識している存在はレウコ、クロリ、ディウム、どれに当る?」
「……クロリに当ると思われます。あの、この事は内密に」
「知るか」
アントが冷徹に付き放ち腕を組んで唸る。
「何時の間に三人に増えていたかはともかく、俺達と会う前から既に影武者を用意していたということか」
「最近テレビでよく見るレウコクロリディウムはおそらく三代目でしょうね。クロリと呼ばれる個体と比べると少し違和感があります」
「ただの演技とも思えるが、目が飛び出ていないというのが少し気になるな。確かに新型と思っておいてもいいだろう。だが……奴は結局何者なのだ?」
「さすが首領ってところですね。なんか燃えて来ましたよ先輩!」
「まだ休戦中。闘う訳ではないのだが……だが、確かに準備は必要か。ラナが敗北した場合、奴が必ずでてくるだろうしな。その時は、条約通り、敵対することになるだろう」
ただ問題は……とバグソルジャーの面々から視線を一点に集める葉奈。
幸せそうな顔で未だ天国辺りから帰って来ない彼女はあまりにも不安要素になっている。
「その場合、彼女は確実に敵になるな」
「リベルレ、覚悟を、決めざるをえないかもしれないぞ」
「そうならないことを祈ります」
頭を抱えて告げる真由。
彼女の不安と心配をよそに、王利と結ばれた幸福を噛みしめる事で手一杯の葉奈は、未だに我を取り戻す気配はなかった。
「バグソルジャー、そろそろもう一人いるかねぇ」
「あの、ドクター。マスターと敵対する場合私も敵になると思うのですが……」
「あんたにはバグソルジャーと争わないための安全装置付けてるから大丈夫」
衝撃の事実を告げられ困った顔をするほたるん。ハルモネイアにも付けられているのだろうな、とドクター花菱の抜け目なさに溜息を吐くのだった。




