黒き毒蝶の恋愛事情2
あてがわれた部屋を見回して、首領はため息を吐いた。
「全く、客人といえど一社の首領だぞ。このような部屋では窒息してしまうわ」
「あの、首領……なぜ、俺……私までここに?」
不満を洩らしながらベットに飛び込む首領。
跳ね返って隣のベットに飛び移る。そのはしゃぐ様はどう見ても子供だった。
「ふむ。ベットはよい。これはよい」
ベットに腰掛け小刻みに飛びながら、首領は王利に振り向いた。
「言ったはずだぞW・B。お前は我の護衛であると。ならば身辺警護は必須。四六時中寝食を共にするべきであろう」
「いや、でも……」
「なんだ? まさか我に対して欲情する。などというのではあるまいな」
「え? そ、それは……」
ぎょろぎょろと動く眼を見せられて、欲情出来る程の感性は王利にはなかった。それでなくとも上司なのだ。首領なのである。
手を出すなど考えにも付かない。
「ふふ。我は別に良いぞ。そういうのも嫌いではない」
飛び跳ねるのを止め、股を開いて妖艶にほほ笑む首領。
不覚にも一瞬ドキリとしてしまう王利。
ただ、首領の顔を見た瞬間、気持ちは一瞬で萎えた。
「ちなみにこの身体ではまだ一度も性交を行っておらん。今なら我の初めての男になれるぞ?」
「ふざ、けんなぁッ!!」
思わず喉を鳴らしてしまう王利。さすがに彼も男だった。初めての相手と言われてはついつい考えてしまう。が、
突然、王利の背後から叫び声が襲って来た。
王利に何者かが抱きつき、部屋の外へと引っぱりだす。
「王利君はそんなことしませんッ」
王利を連れだしたのは葉奈だった。
すでにバグパピヨンの変身を解き、人間状態に戻っているが、その表情は憤怒に染まり、夜叉の様。意識は首領へと向けられている。
「来たか毒蝶女」
「まさか首領自らこの世界に来るなんてね。残念だけど、あたしがいるかぎり、この世界を支配なんてさせないわよ!」
「ぬかせ。貴様らバグソルジャーが我が社で暴れたからこちらに来たのだ。別にこちらの世界を掌握する気は無い。魔法とやらが使える者を支配しても面白くもなんともないわ。資本社会を牛耳り破壊することこそ我が望み」
「信じられないわよッ」
「魔王を倒し体勢を整えたならば元の世界に戻りバグソルジャーを討つ。のぅ? この目的に異世界云々はなかろ」
「だから信じられるかって言ってんのッ。ここで倒されたいのッ」
「蝶のクセによく吠えるな。雌犬の方が似合っているぞ。それよりW・B、さっさと入って来い。こちらのベットで寝るのを許す。ただし、完全には寝入るなよ。異変を感じたらすぐ対応できるようにしておけ。我より後に起きるようであれば許さんぞ」
「は、はいっ」
言い含めるような首領に、王利は慌てて部屋に入る。
いくら葉奈が彼女であろうとも、王利を求めようとも、上司に逆らえる王利ではなかった。
「ちょ、ちょっと王利君、なんで従っちゃうの!?」
「いや、だって自爆装置握られてるし、首領だし」
「それは……」
悔しそうな葉奈は拳を振わせ俯く。
確かに、首領の言葉通り、王利を自分のモノにするためには首領に認められなければならないようだ。
倒そうとすれば王利と敵対する事は必至だった。
「W・B、部屋では変身を解いて構わん。くつろげばいい」
「あ、はい」
言われるままに変身を解くと、王利は葉奈の前に歩み寄る。
「葉奈さん、その、そういう訳なんで俺は……」
「あたしも寝る」
「は?」
「あたしもここで寝るッ!」
大声で宣言する葉奈。首領も王利も一瞬止まってしまう。
葉奈にとっては考えに考えてこれしかないと出した結論だった。
ただ、それはただの自爆である事を、彼女は気付いていなかった。
「くく、ハハハハハハッ。よい、良いぞ毒蝶女。貴様がそこまで言うならば、そこのベットで共に寝ることを許そう」
「……え?」
首領が意地の悪い笑みを口元に浮かべ、王利のベットを指す。
「いや、あの、同じ部屋でって……意味で」
「不許可だ。W・Bと同じベット以外でこの部屋に入ることは許さん。彼女になりたいと言うならば何ら問題ないではないか」
「そ、そ、それは、そうだけど……」
先程までの勢いはどこへ行ったのか、葉奈は耳元まで赤くなりながらしどろもどろに言い訳を始める。
しおらしいまでに顔を赤らめる姿は、首領の嗜虐心を存分に刺激する。
「ほ、ほら、年頃の男女が一緒のベットなんて不謹慎っていうか」
「我らは悪の秘密結社。不謹慎こそ望むところだ。違うか?」
「で、で、でも、あんただってその隣で始まっちゃったりしたらあれじゃない? あんなこととかそんなのこととかその……」
「ほぅ、興味深いなァ毒蝶女よ。一体何が始まると言うのだ?」
「あああああ、そうじゃなくて、その、あの……ぷしゅぅ……」
思考回路が暴走し、煙を吐き出した葉奈で一頻り楽しんだ首領は、ベッドから降りると部屋を出ていく。
「W・B。食事をするぞ、付いてこい」
「あ、はい」
「それから毒蝶女。寝るのは許すが交尾はするなよ」
「だ、誰がするか――――ッ」
精一杯の最後の抵抗に首領は笑い、王利を引き連れ去っていく。
一人取り残された葉奈は、冷静になっていくごとに自分がどこで寝ることになったのか理解して真っ赤になるのだった。
悪の首領を倒す使命など、何処か遠くへ吹き飛んでしまっていた。
食事を済ませ、後は寝るだけとなった。
首領が高鼾で即行眠りに就いた横で、王利と葉奈は狭いベットの中で背中合わせに寝転がっていた。
「も、もうちょっとそっち寄ってよ。落ちるじゃない」
「お、お前こそそっち寄れよ」
お互い、すでに意識しすぎて顔が真っ赤になっていた。
さすがに場所を取り過ぎると相手を落としてしまうし、譲り過ぎると自分が落下してしまう。
なので相手を突き放さないよう密着しつつ相手を牽制するという奇妙な関係が出来上がっていた。
とはいえ興奮してないといえばウソである。
お互いこれから起こるかもしれない行為に想いを馳せ、逆に身動きが取れなくなっているのだ。
襲っていいのか、襲われてほしいのか。
互いの想いは同じでありながらもどこか噛み合わない。
たった一つ、後一つのできごとだけで全てを投げ出せる位置にいながら、その行為への照れと罪悪感が行動を躊躇わせていた。
どちらからともなく、キスの一つや、相手の方を向いて抱きしめるくらいすればよかったのだ。
でも、初心な少年少女は悶々とした感情をどこへも発散させることができず、ただただ背中合わせに眠れない夜を過ごすこととなったのである。
結果、翌日の朝、心地よい眠りから覚めた首領が起き上がると、真っ赤な眼をした王利と葉奈が死に体でベットの中にいた。体勢全く変わらずに。
「主ら……寝返りを打たんと鬱血するぞ?」
呆れた様な首領の声に、もぞもぞ動くゾンビが二匹。互いから離れるように動いたせいで床に落下し、同時に盛大な音を響かせていた。
そのまま彼らが眠りについたのは仕方ないとも言えた。
「阿呆どもめ」と呟いて、首領は欠伸を一つ。
上半身を再びベットに沈ませ、二度寝を始めるのだった。