九月に吹く新しき風
屋上呼び出し事件が起きてから約一月程、王利に何かしらのちょっかいを掛けて来る奴はいなかった。
むしろ恐れるように遠巻きにしている奴が多いくらいである。
あの事件は、いい意味でも悪い意味でも王利を有名にした。
大人数の正義の味方に囲まれ、変身すらせずにこれを撃退したのだ。
噂にならない訳が無い。
さらには葉奈との交際も噂され、洗脳能力を持っているんじゃないかと噂に尾鰭背鰭が付いて行った。
折角出来た友人候補も、遠巻きになり、彼の元へやってくるのは海翔かここなくらいだ。
寮の部屋でも要とカルヴァ、将司もそれなりには会話をしてくれるが、警戒感だけは常に感じてしまう王利だった。
もっぱら彼の話し相手はエアリアル、あるいはラナかクルナだけである。
そのラナとクルナは可愛らしい女性。というアドバンテージのせいでここなと仲良くなり、よく三人でウインドウショッピングに出かける様な間柄になっていた。
そんな彼らとのクラスメイト生活も、直ぐに終わりを告げる。
何せ九月に入れば新しい新入生が入って来て、王利たちは彼らと共に授業を始めなければならないからである。
ある意味ダブりの生徒みたいな扱いになる。
幸いにもラナとクルナも一緒なのでまだダメージは少ないが、早くもこの学園生活に見切りをつけたくなっていた王利だった。
心のオアシスはほぼ毎日のようにやってくる葉奈とルクティエだろうか?
二人は何故か競い合うようにやってくるのだ。
来ない日は二人ともなぜか来ないし、片方だけがやってくるなどといった日が今まで一度も無いという奇跡的展開になっていた。
エアリアル曰く、これは天文学的奇跡だよ。とのことだが、単に二人がライン交換を行っており、自分の行けない日を連絡し合っているだけだったりするのだが、これは葉奈から教えて貰った王利だけの秘密である。
そして昨日、ついにこのクラスでの最後の授業が終わりを告げた。
海翔とここなからは折角仲良くなれたのに残念だよという言葉が聞こえたが、折角サイン貰ってきてやった残りの二人は別れの挨拶すらくれはしなかった。
若干、王利の心が傷付いたのは内緒である。
ただ、寮の方は部屋が変わる訳ではないので四人のままである。
カルヴァは相変わらずセクシーショットを決めながら自分を愛でているし、将司はスマホでアニメを見ながらハァハァ言っている。
問題があると言えば要だろう。
何故か無駄に遭遇ハプニングが連発してしまうのだ。
トイレに行こうとドアを開けたらトイレ中の要と鉢合わせして「きゃぁっ」とか悲鳴をあげられたり、シャワー浴びようと風呂場に入れば中で要が身体を洗っていて「いやぁっ」と胸を隠したり。
正直男相手にそのハプニングはいらなかった。と思う王利だが、なぜか葉奈に罪悪感を感じてしまう自分が人としてどうなのだろうと本気で悩み始めている今日この頃。
本日から、ついに新しいクラスメイトと初顔合わせである。
王利としてはいきなり腫れ物を触る様に成ってしまったクラスメイトたちと別れての新天地。まさに最後の希望のクラスである。
とはいえ、自分たちがキワモノである事も事実なのだ。
出来れば話の合う海翔並みに押しの強い友人が出来るといいな。そう思っていた。
「初めまして、ライドレンジャーからの推薦でこの学園にやって来ました。ラナリア所属怪人S・S、武藤風音といいます。皆さんよろしくおねがいします。それとサイン下さい!」
そんなキワモノが一緒のクラスになるなどと、予想すらしていなかったけど。
要するに、正義の味方候補機関に、ラナリア所属怪人が一人増えたようだ。
学園長が頭を抱えている姿が容易に想像できる王利だった。
ちなみに、彼女については何度か見覚えはある。
首領からも噂は聞いていた。
どうやら極度のミーハーらしく、正義の味方好きの少女だったらしい。
なぜ秘密結社インセクトワールドに入り、今また首領の生存を知ってラナリアに所属したのかは、彼女がインセクトワールドに入社した経緯が関係していた。
王利と、同じなのだ。自分の人生に行き詰まりを感じていた時に、首領に救われた。
だから、首領のために尽くす。首領の手助けを行う。
得に、彼女の場合は考え方に革新を産んでくれたのが首領だったせいもあり、もはや心酔の域に達していた。
正義の味方に憧れつつも正義の味方になれなかった少女。
そんな彼女に首領が伝えたのは、正義の味方になりたいのか、正義の味方達と知り合いたいのか。そういう問答だった。
考えに考え抜いた風音は、自分が正義の味方になりたいのではなく、多くの正義の味方と知り合いたいのだと気付く。
そして、首領が告げたのだ。ならばこちら側へ来いと。強力な怪人になればなるほど、正義の味方がこぞってお前に会いに来るぞと。
だから彼女は悪に堕ちた。
そんなことを、出会った瞬間笑顔で告げた気違いが、どうやら王利の仲間の様です。




