忘れられていた功労者
無数の男達が迫りくる。
変身能力を封じられた王利には、成す術などなかった。
ワカメ頭の男、佐伯の拳が王利に迫る、その刹那。
「とりあえず、こいつらぶっ倒していいんだよね?」
王利の胸ポケットから声が聞こえた。
一瞬、誰の声だと思ったのだが、よくよく考えると一人しかいない。
授業の間邪魔になるといけないからと胸ポケットに入って貰っていたのだ。
そう、エアリアルである。
王利は初の授業ということもあり、緊張したのか彼女の存在を完全に忘れていた。
そして、これこそが彼の切り札であったとも言える。
変身能力を失った彼だとしても、エアリアルにとっては音の在り無しなど関係ない。
なにせ、思うだけで事象を変えることが出来るのだから。
王利に迫る拳が突然飛んできたコンクリート片を穿つ。
べぎりと何かが砕ける音がした。
王利を殴るため思い切り殴ったのだろう。
まさかどこからともなく飛んできたコンクリートを砕くことになろうとは思いもよらなかったようだ。
ちなみに、このコンクリート片は屋上のひび割れた床面からエアリアルが飛べと念じたモノである。
全力の打撃を受けてコンクリート片が粉砕されたが、同時に佐伯の腕も複雑骨折と相成った。
あまりの痛みに数秒遅れて絶叫する佐伯。自業自得である。
「テメェ、やりやがったな!?」
「佐伯さんに何しやがった!?」
「王利、何処までやって大丈夫?」
男達が口々に叫ぶ中、エアリアルの声が聞こえた。
どこまでとはどういうことか。半信半疑ながらも、王利は応える。
「とりあえず死なせるとマズそうだ」
「じゃあ半殺し確定だね」
迫りくる男達、その足が、急に方向転換する。
驚く男達が慌てるが、足は一直線にフェンスの向こう側へ向けて猛ダッシュを始めていた。
「な、なんだよコレ!? 死ぬ、死んじまうっ。止まれッ! 止まれぇぇぇぇっ!!?」
「嫌だ、屋上から飛び降り自殺とか、嫌だ。俺は正義の味方になるんだっ!」
「畜生っ、これもテメェの仕業か怪人野郎ッ、絶対、絶対貴様を殺してやるぞぉぉぉぉぉっ」
男達が悲鳴に怒号に声を荒げてフェンスを飛び越えていく。
空中へとその身を躍らせた男達は、悲鳴を上げながら地面へと落下して行った。
あまりにも無残な自殺補助。いや、これも立派な他殺だろうか?
「こ、殺すなっつたよなエアリアル! 正義の味方養成機関でヒーロー見習い大量虐殺とか、悪逆過ぎるだろ! どうすんだよこれ!!」
「安心めされい。このエアリアルさんに不可能はないのです。この世界ではね!」
「どういう事だ?」
「ちゃんと全員足から着地させましたがな。足の骨は複雑骨折だろうけど、頭から落ちてないから死人は出てないよ。ほら、半殺し確定」
クスクスと、まるで悪戯が成功したかのように笑うエアリアルと共に落下先を見下ろしてみると、成る程、うめき声が聞こえる。
かなりの高さを落下したようだが、死者は確かに出ていなかった。
奇跡の全員生存である。
「まぁ、王利を変身させずにタコ殴りしようって魂胆が正義の味方っぽくないよね。あいつらがヒーローになるとか世も末だねぇ。足直して出直してきな! なんつって」
どうにか危機は脱したものの、これはちょっと大問題になりそうな気がしなくもない。
どうしたらいいだろう。
考えた王利は、一番偉い人に直接報告する事に決めた。
それがきっと、一番の正解だ。
と、いうわけで、王利は今、学園長室に来ていた。
目の前には六人の男女。
どうやらOB連中は今日もここに集合していたらしい。
事情を学園長に説明すると、困り果てた顔でOB連中を見回す。
「ふむ。一応当事者に聞いてはみるが、嘘をついているようには見えんし、真実なのだろう。多少過剰防衛だが、変身を封じた上で集団での私刑というのはあまり褒められたことではないな」
「というか、普通逆じゃない? 私もやられたことあるわよそれ、怪人に」
地球刑事シブサワの言葉に頷く面々。
どうやら彼らは集団で一人を倒すのを良しとしない派らしい。
最近の正義の味方って十人ぐらいで怪人一人を囲んで倒すのが主流だった気がするんだけど。
と、王利は思うが、同時に気付く。それが正義の味方が弱くなっている理由であるとも言えた。
確かに、年々秘密結社の怪人たちが倒される率は上がっている。
凶悪な怪人が出来ても無数の正義の味方により倒されるのだ。
そう、集団戦が、多くなっている。
アラビアンハラショーやスマイリームーン全盛期時代では確かに一人で複数の怪人を相手取るのが多かった。それでも正義の味方が勝ってしまうのだ。
でも最近は逆だ。複数でボコらないと怪人を倒せなくなっている正義の味方が多い気がする。
「どうだ九重、これを機に正義の味方の在り方を再確認してみては?」
「ふむ……しかし既に格式の様な物も出来ていますからな……」
と、困った顔で学園長は王利の顔を見るのだった。




