円卓会議
城門に差し掛かると、エルティアを見つけた門番の一人が驚いた様子で城内へと駆け去っていく。
残った門番は、エルティアに嬉しそうな声を掛けて来た。
「ご無事だったのですかエルティア様」
「ええ。戦況はどうなってるの? 王利さんがフィルメリオンを倒した後からの状況説明をお願い」
「はっ。五日前からですね」
「え? 五日……」
一日と経っていなかったはずだと、エルティアは驚いた。
王利が慌てるようにエルティアの前にでて話を続けさせる。
「それで、何か変わったことは?」
「はい、ドワーフ、ピスキー、ダークエルフ族と協力関係になりました。これもバグパピヨン様のおかげであります」
知らない間に葉奈が様付けになっていた。
彼の目から羨望の眼差しが見て取れる。余程活躍したらしい。
毒物撒き散らしているだけではあるが驚異的な事に変わりないからだろう。ただ飛んでいるだけで真下の魔王軍がバタバタ倒れて行く様を見たエルフ軍やその他の軍勢がバグパピヨンに畏敬の念を持つのは仕方ない事なのかもしれない。
「今は国王様が他国の代表と会議中にございます。円卓の間にて開かれておりますので、しばらくそちらには近づかないよう……」
「エルティア様、国王陛下がお呼びでございます。円卓の間にご案内致しますのでこちらへ」
門番の言葉をバッサリ否定して、城内から兵士がやってくる。
「あ、兵士長さんじゃん。無事だったんだ」
「おお、王利様。エルティア様をお守りくださりありがとうございました。あの後フィルメリオンめは力尽きましたので首級を陛下に差し出しました。二階級特進ですぞ、ありがたいことです」
と、胸元の徽章を見せびらかしてくる兵士長。余程嬉しかったらしい。
剣の魔法を唱えただけだが、それが無ければフィルメリオンを倒せなかったかもしれないのも事実。
王利は引き気味に彼を誉めると、自慢話に突入する前に首領とエルティアを連れて円卓の間へと急いだ。
兵士長に案内してもらう気にはなれなかったので、エルティアに案内してもらい、件の部屋へと辿りつく。
厳かな扉を開くと、室内の全ての人物が、会話を止めて視線を向けてきた。
「お父様、ただ今戻りました」
「おお。エルティア。よくぞ無事戻った。早くこちらにっ」
そこには五人の男女が円卓を囲い座っていた。
一番奥にエルフ王。子供の様な容姿だが、踏ん反り返るように座っている。一番横柄な態度なのは王様だからだろう。
そこから時計回りに二席ごとに空きがあり、ドワーフ、ダークエルフ、ピスキー、そしてバグパピヨンが座っていた。
ドワーフも体つきは子供の様だが、立派な髭を持つ厳ついおじさんである。彼の背後には、お付きの兵士だろう。子供の様な背丈の髭おじさんが二人、控えている。
王利にはお付きと代表の顔の違いが分からなかった。
ダークエルフの代表は女性らしい。
美しい顔立ちはエルティアと遜色ない。凛々しい顔立ちのため、幾分大人びて見える。違いと言えば、やはり黒い肌と銀髪だろう。
艶やかな長い髪の隙間から見えるエルフ耳は王利もついつい目が行ってしまう。
体つきもむっちりとしているので、思わず葉奈と見比べる。
決してやましい気持ちはなかった。
ただ、思わず胸を比べてしまったので葉奈の逆鱗を恐れて目を逸らす。
お付きの方は両方男性らしい。浅黒い身体を持つ優男が二人、直立不動で立っていた。
ピスキーは拳大の少女だった。
虹色に輝く昆虫の翅を背中に持ち、椅子ではなく円卓の上に立っている。
彼女の付き人は一人もいなかった。
「ちょ、ちょっとエルティア、王利君はっ!?」
姿が見えないことに不安を覚え立ち上がるバグパピヨンに、首領が自分の隣を指さす。
「ここにおるではないか。貴様の眼は節穴なのか毒蝶女」
「え? 横……って、その狂暴な容姿の怪人が王利君なの!?」
驚きながら駆けよって来たバグパピヨン。
王利の身体にべたべた触りながら感嘆の声を漏らす。
王利はなんとなく気恥ずかしくなって顔を下に向けた。
「なんか、こうやってマジマジ見ると、結構好きかも、この恰好」
「ノロケか。バグソルジャーともあろう者が敵に惚れるとはな。呆れてモノも言えん」
「さ、さっきから何よあんたは。別にあたしと王利君がどうあろうと関係ないでしょ? しかも何その眼、芋虫? キモッ」
と、突っかかるバグパピヨンに、首領はにやりとほくそ笑む。
「残念だったな。我はW・Bの所有者。貴様らが付き合うかどうかは我の胸三寸ということだ。今の貴様では到底了承できんがな」
「葉奈さん……この方、俺の会社の首領」
「首領? …………首領ッ!?」
一瞬意味が分からなかったバグパピヨンだったが、落ち着いて考えた瞬間、言葉の意味を理解した。
慌てて飛び退き構える。いつでも戦闘可能だ。とでもいいそうな格好だった。
「あ、あ、あんたがインセクトワールドの……首領!?」
「ふっ。まあそのことは後でよかろう。ほれ、魔王対策会議とやらを続けんか」
何か言いたそうにしているバグパピヨンを放置して、王利の手を引き円卓へと進んでいく首領。
エルフ王とドワーフの間に空いていた席にさも当然のように腰を下ろす。
エルフ王と首領の間には一席開いていたが、エルティア用らしいので王利が座ろうとするとエルフ王に睨まれた。
仕方なく王利は首領の後ろに立つことにする。
「ちょっと、王利君だけ立たせるとかおかしいでしょっ」
「我の警護がインセクトワールド社員の義務だ。むしろ、席を共にしようなど奢りにも程があろうが。ほれ、他を見よ。兵士は立っておるだろう」
その目は、座れば爆死は確実だぞ。と言っているように思えた王利。
人知れず、自分が座るのを阻止したエルフ王に感謝していた。
エルティアとバグパピヨンが椅子に座り、中断していた会議が再開される。
「では、これより対魔王連合軍、開戦会議を再開する。議題は魔王四天王についてだ」
「フィルメリオンを倒したと聞いたが?」
「では他の四天王も倒せるということか?」
「でも、私のとこに来てたトリルトトスに負けたんでしょ。そこのバグパピヨンさんとかいうの。異世界に逃げ込んでなんとか被害はなかったけど」
バグパピヨンが負けた? 王利は思わずバグパピヨンを見る。
蝶のフォルムで表情が分からないが、王利と目を合わせないようにしている様子は、どうにも恥じているように見える。
「安心せい。トリルトトスとかいうのなら、ここにいるW・Bが倒したぞ」
腕を組んだまま背持たれていた首領が口を出す。
なぜだか自慢げである。
「なんとっ。すでに四天王を二人も倒したというのか!?」
「その話ならば、私が証人として名乗りを上げましょう」
ドワーフの驚きに、すかさずエルティアが自分の胸に手を当て言った。
「ということは、本当に……?」
「凄いねー。あんな化け物鳥、良く倒せたね」
驚きを見せるのは彼らだけでなく葉奈も同じだった。
鱗粉を燃やされ、相手の身体の熱さに近づくことなく敗北し、打ち勝つ術すら湧かなかった敵を、王利が屠ったというのである。
王利の強さに驚き、感心し、そして、惚れて良かったと納得する。
「つまり、残る四天王は二体。そういうわけか」
「ロクロムィスとエスカンダリオだねー」
「四天王が二体も倒されたのだ、向こうもさすがに怒り狂っているだろうな」
残り二体という吉報は、四国の代表にとってもかなり良い報告だったらしく、その後の会議は概ね問題なく進んだ。
四天王さえ倒せば各軍が団結し魔王城攻略に乗り出すとのことで、各国の代表は次の会議の場所と日付を確認して自国へと帰って行った。
どうやら殆どの議題は既に終わっていたらしい。