城下町の一コマ
「良かった。近くだったみたいね」
大きく安堵の息を吐くエルティアに、王利は激しく同意した。
徒歩で一時間。
首領は歩き疲れて不機嫌になり、後一時間でもかかっていれば余興で爆殺される可能性すら示唆されていた。
W・Bよ、我を楽しませるために爆死して見せよ。などと不機嫌な顔で言われるのだ。生きた心地はしなかった。
王利にとって幸運だったのは、首領の不満が爆発する直前に見たことのある城が遠くに見えたことである。
遠目に見えたローエングロック城に、どれほど救われた気持ちになったことか。
「エルフの城です首領」
「ようやくか。よかったなW・B。もう少し遅ければ綺麗な花火が打ち上がっていた所だぞ」
笑いながら宣言する首領に、王利は青くなった。
怪人形態なので見た目にはわからないが、今もできることなら逃げ出したい気分だ。
「葉奈さん帰ってるかな?」
エルティアが呟く。何気ない言葉だったが、首領は目ざとく反応した。
「ほぅ、誰か他にいるのか」
「はい、王利さんと一緒に来られた彼女さ……」
「おお――――ッ、見てください首領。青空がとっても綺麗でございますよっ」
「隠そうとしても無駄だぞW・B」
王利の必死の話替えも功を奏さず、首領は呆れた声で意地悪く笑う。
飛び出た目玉がぎょろりと動いた。
「葉奈……霧島葉奈かな?」
「……知って、いらっしゃるので?」
「コリントノヴァから手配書が来ておるのだ。ウチもカブトの手配書を各社に回しておるのだぞ」
「そうだったんですか」
「バグソルジャーの構成員は全員把握しているが、下手に手を出すと自社の存亡にも関わる。各個撃破も狙ってはおるがあまり目立つと他の正義の味方や別組織にやられかねん。だから、たかだか五人のバグソルジャーを放置せざるをえんのだ」
巨大な組織であるからこその悩みだった。
全社を賭ければ倒せないことはないが、手薄になったところを別の秘密結社に襲われればそれで終わりだ。
「まぁ、手をこまねいた結果がこれでは話にならんがな」
肩を竦める首領に、王利もエルティアも苦笑いしか返せなかった。
事実、バグソルジャー三人によってインセクトワールドは壊滅したのだ。
奇襲とはいえそれなりに強力な幹部が沢山いたはずだ。
しかも自分の会社で……いや、会社だからこそ周囲を破壊できず破れ去ったのかもしれない。
「一先ずはエルフ城とやらで休息か。これからの身の振りを考えねばな」
首領はどうでもいいというような様子で宣言すると、先陣切って歩きだす。
なるようになるだろうという気持ちなのか、はたまたすでにインセクトワールド再建はいつでもできると思っているのかはわからないが、秘密結社が破壊された状況にも関わらず悲壮感は一つもなかった。
城下町に辿りつくと、首領は周囲を見回しふむ。と頷く。
「W・Bよ。ここの金は持っているか?」
「いえ。残念ながら」
「少しくらいなら奢りますよ。魔王四天王を二体も倒して下さった勇者様ですから」
エルティアの言葉に首領は楽しそうに笑った。
「くくっ。怪人が勇者か。面白いことになっているなW・B」
「ここの予言にある勇者と同じ現れ方したみたいで……」
「なるほど。ならばそのアドバンテージは存分に使わせてもらおうか。エルティア、アレを食べてみたいのだが」
露天に売っていた赤い果物を指さし、首領が答えると、「はいはい」とエルティアは露天商の主人に交渉を開始した。
赤い果物はリンゴに似ていたが、皮を剥いて食べる柑橘系の果実だった。
「周辺の森で取れるリカンという果物です。ちょっと酸っぱいのもありますけど、甘くておいしいですよ」
「味もリンゴとミカンの中間だな。ミカンのような実なのにシャクシャクとした食感。不思議だ」
「……あの、私も食べてよろしいでしょうか?」
おいしそうに食べる首領とエルティアを見ていると、ついつい自分も食べたくなってきた王利。
しかし、今は変身中のため、マスクに隠れ口が無い。
食べることができなかった。
「変身は解くなよ。奇襲されればどうなるか、分かっておろうな?」
「……はい」
暗に喰うなと言っているのと同じだった。
うなだれながら王城へと向かう王利。
その後ろをリカンを頬張りながら二人の少女が付き従った。
傍目に見るそれは、異形な集団でありながら、どこか微笑ましい光景だったとか。