聖女の魔法2
「いるんでしょラナちゃん。いえ……レウコクロリディウム。まだあんたは、ラナを玩具みたいに扱ってッ!!」
ヒステリックに叫ぶクルナ。その表情は狂気に彩られていた。
時間が無い。もう数回口を開けば出て来るのは力ある魔法の言葉。
その魔法が使われればクルナの身体が魔法に変えられる。
少しでも少なくする。ゲルムリッドノートにクルナの身体はもう奪わせない。
「クルナちゃん。違うっ、首領さんはッ……」
ラナの声は小さかった。
否定したかったがラナの中に首領が潜んでいることは事実なのだ。
強く否定できないラナの言葉に、クルナが強い言葉をかぶせて打ち消す。
「黙れッ、レウコクロリディウムッ。何時までラナちゃんの衣を被る気なのよッ! 姿現せッ! 私に殺されるのが怖いのかッ!!」
もう時間が無い。
急げ。王利は必死にページを捲る。
こんな時、このゲルムリッドノートは全く協力しようとしてくれない。
まぁ当然だ。何しろその魔法は唱えられたくない魔法なのだから、むしろ唱えさせまいと必死に抵抗しているのだろう。
「まだか化け物、さっさと唱えろ! 全て喰らう深淵の果てが唱えられるぞ!」
「わかってるけど。クソ、あ……」
ついに、そのページを見付けた王利は思わず手を止めた。
そんな悠長にしている時間はないと慌てて呪文を読んで行く。
「フフフ……クク、ハーッハッハッハッハッ」
王利が呪文を読んだ瞬間、高笑いが響いた。驚き顔をあげると、首領がついにその姿を露わしていた。
「怖い? 違うなクルナ。貴様の滑稽な姿ももう少し見ておきたかっただけだ。どうでもよいものでも、もう見れんと思うと名残惜しくなるだろう。アレと同じだよ」
「やはり……やっぱりあんたは生きていたのね……」
「ふふ。当然だ。首領たるもの自分を暗殺しようとする輩が起こしそうな事は先手を打って潰しておくものだ。いや、滑稽だったぞ道化師よ。我が作った生体機械を我本人と認識して裏切り殺し、増長した。次の瞬間、魔道書に裏切られ絶望。それからの怠惰な生活。ラナの内より笑わせてもらったよ。クク。ハーッハッハッハッ!!」
「レウコクロリディウムッ、許さないッ。あんただけは絶対にッ! 例え私の全てを魔術に変えてでも、絶対に殺してやるッ。ゲルムリッ……」
「ちょっと待ったぁッ!!」
王利は思わず叫んでいた。
さすがにこれ以上は時間がない。
ないならもう、ぶっつけ本番で唱えるしかない。
「っ!? あなたは!?」
「W・B? 貴様今までどこに……」
「いろいろ伝えたい事もありますが、クルナッ、悪いがお前の望みを叶えさせる訳にはいかない!」
「なんですって!?」
「これは、黒の聖女がお前のために作った魔法だッ。受け取れ!」
王利はその書物を掲げ、呪文を唱えた。
それは明確な意思によって綴られた彼女の人生を体現した呪文。
幾多の困難と、幾多の絶望。それを乗り越えた先にきっと希望があると信じて逝った少女の物語。
「祖はただ友と存在したいと願った。それは一つの魔導書により別かたれた。過去の後悔を消す。その人生は友に捧げ、幾多の絶望に対峙した。書物を使いて悪を撃ち、書物を使いて過去を変えた。聖女は願う。ただ一つの魔法と成りて、ただ一人の敵を討たん。魔導書よ覚悟せよ。我が命は汝がために使われた。クルナ、そして過去の私が絶望し、後悔しないことを願って、私は望む。願う。渇望する!」
それは、聖女にならざるをえなかった少女から、遥か昔に失った友のためだけに紡いだ魔法。
友人を助けるために、その魔道書を使い、過去の魔道書を消し去るためだけの唯一無二の魔法である。
「 悪夢の書よ、我はその存在を否定する」
刹那、王利の身体から失ってはならない何かが無くなった。
未来のゲルムリッドノートが王利の大切な何かを魔法へと変える。
発動した魔法は、自己崩壊、否、ゲルムリッドノートと呼ばれる存在を消し去る魔法である。
本来あり得るはずの無い魔法。
己の意思と存在を使い切り、聖女が作りだしたたった一つの魔導書のためだけの魔法である。
その強き意思により生まれた魔法の名は、彼女の名前が刻まれていた。
それが、クルナの持つ魔導書を光の粒子と変えていく。
突然のことに驚くクルナがゲルムリッドノートを手放す。
だが、ゲルムリッドノートが自動的に戻って来ることはなかった。
『ギャハハハハ、なんだこりゃ? 俺様の存在が消されていく? おい、そこの怪人、何しやがった!? っつか、その魔導書は……俺……様?』
地面に落下したゲルムリッドノートが消えていく。
突然、心のよりどころにしていた魔導書が消え去り、クルナは膝から崩れ落ちる。
その魔導書は確かにクルナを蝕んでいた。だが、今消されては憎き首領を殺せない。
突然現れた黒い怪物のせいで、唯一の攻撃手段が取り上げられたのである。
恨めしいと怪物を睨みつけて、気付く。
忘れるハズが無かった。
今さっきまで、自分が持っていた魔導書がそこにあったのだから。
そして、思い出される。
先程唱えられた魔法の名、それは……
視線はラナへと自然向いていた。
「どういう……こと?」
彼女の疑問にラナは答えない。
否、今は首領であるその存在が、理由を知っているはずがなかった。




