ラナリア浸食中4
「どこもかしこも……ラナリアですねぇ」
学校が終わり、放課となった望月真由は、周囲を見回りながら隣の霧島葉奈に話を振る。
心ここにあらずといった顔で歩いていた葉奈は、言われてようやく我に返った。
「ふぇ!? な、なに? 王利くんは好きよ?」
「誰が王利さんの話などしましたか、この年中発情痴女」
「ひどっ!? ちょっと真由。いくらなんでもそれは言い過ぎ!」
「どこがですか。今も王利くん、王利くん、はぁはぁとか言ってたじゃないですか」
「言ってない。言ってないよね? ねぇたまちゃん?」
と、話を振られたのは、同じく一緒に居たもう一人の女性だった。
奉禅寺鐶は二人の会話に苦笑いをしながら頷いておく。
正直噂の王利とやらがどれ程魅力的なのかは知らないが、鐶が出会った頃から王利フォーリンラブな葉奈を見ていると、余程魅力的な人物なのだろうと言う事は推定できた。
ただ、真由が呆れている所を見るに、過剰評価するのは止めておいた方がいいだろう。
二枚目を連想するより三枚目お笑いタレントあたりの顔を予想しておく方がいろいろとダメージは少なそうである。
そんなことを思いながら鐶は周囲を見回す。
確かに、真由の言う通り、ラナリア一色だった。
街頭ポスターにはラナリア社の電話番号。何かあればいつでも連絡を。をモットーにしているポスターがそこかしこに張られている。
ラナリアアイドルとして売り出し始めた西表山猫女という設定らしいネコミミ娘の顔が張り出されている。顔もネコっぽいのだが、これは需要があるのだろうか? と思わざるをえない真由だったが、男性人気はそれなりにあるらしい。
ビルの広告塔などにもラナリア社製のもの、電光掲示板にもラナリアの電話番号が出たりしている。
ビルの清掃員など、カニ怪人が行っているし、向いの電気店で呼びこみをしているのは電気ウナギ型の怪人だ。家電だから電気繋がりとか安直過ぎる。
行きかう車の中にも怪人を乗せた車が幾つか見えるし、普通に車を運転している怪人すら見受けられるほどである。
中にはラナリアの怪人に助っ人を頼む正義の味方まで出てきだしたと言うのだから驚きだ。
「あっという間……でしたね」
ぽつりと鐶が呟く。
その言葉に、真由と葉奈は立ち止まって虚空を見上げた。
「ほんとにね……」
「なんだかよくわからない内に、この世界はラナリアの支配下に置かれてしまいましたとさ。ちゃんちゃん。……はぁ。正義の味方の存在意義、結局なんなんでしょうねぇ……」
三人して思わず溜息を吐く。
バグソルジャーの三人も、ラナリア以外の秘密結社と戦う事はあれど、結局ラナリアとは一度も闘っていない。
そして闘わずして負けたのだ。
もはや正義として闘う次元に相手が存在していない。
「第七世界では全世界の方が敵でしたが、今回も似た様なパターンですねぇ」
「でも、今回の悪は私達から見ても悪と断罪しにくい存在なのよね」
そこが、彼女たちにとっても頭の痛い事実だった。
ラナリアは確かに悪である。
しかし、行う事は民間人を助ける事業。
怪人たちの力を適材適所に割り振って、まさに人間の生活に怪人という異物を浸透させてしまったのである。
つまり、怪人がいる日常がそこにあるのだ。
その怪人を悪と断罪して正義の味方が闘う。それは、果たして正義の行いか?
今、正義としての定義が揺らぎだしていた。
むしろ、ラアリアが存在するからこそ怪人たちが統率されているという流れになっている。
ここでもしラナリアが滅びれば、そこに居た怪人たちは再び別の秘密結社で悪逆の限りを尽くすだろう。そうなるよりは、ラナリアが日本を席巻している今の方が、民間人にとっても安全なのである。
怪人は、秘密結社は必ずしも悪ではないのではないか?
そんな風潮がある。
あるいは、別の結社が民間人に悪さをしても、ラナリアに頼めば対処してくれる。
正義の味方? そんなの必要か?
人々の中には、未だにラナリアを敵視する正義の味方に疑問すら持ち始めている存在が出始めているのである。
正義が正義として力を振るえない状況。
あるいは、ラナリアを語る悪が現れ、ラナリアの地位を貶めてくれたなら……とは思うが、ラナリアは独自の社員証を開発しており、これを提示することで身分を保障されている。
身元確認も行え、裏切り行為をすれば一発でばれる。
さらに身体に収納できるようになっていて、下手に切り離すと連結した自壊装置が作動するなどのトラップにより複製不可能となっていた。
故に、ラナリアを偽ることもできないため、悪だと断罪する理由を見付けられないのだ。
とはいえ、やはり裏切り者が出てこない訳ではない。
あるいはスパイとして潜り込んだ怪人が騒ぎを起こすことも稀にあった。
だが、それもラナリアの情報網により瞬時に暴かれ討伐される。
社員たちでは荷が重ければ、あるいは即効性を必要と感じれば、ラナは自ら動き粛清する。
ラナが動けば確実に抹消される圧倒的な強さの前に、誰も彼も今ではラナリアを裏切ろうと思う者すらいなくなり始めているくらいである。
圧巻の浸透力、絶望的な統率力。上位世界の存在であるラナに勝てる者は、この世界には存在しない。もとい、ラナの言霊を無効化する術の無い地球人たちに彼女の行動を止める術などなかった。
「でも、ラナリアが浸透しても、結局日本は変わらないですね」
「本当に、嫌になるくらい平和だわ」
ラナリアが日本公認結社となった。その事実は、結局日常に免罪符を持った怪人がやってきただけで、民間人の今までの生活に変わりなど、ほんの一部しかなかったのだった。




