首領の野望
トリルトトスの死骸から身体を引っ張り出した王利は、首領たちと合流して周囲を見回していた。
すでにバグレンジャーの姿は欠片も見当たらない。
「逃げた様だな」
「正義の味方が……ですか?」
「所詮は改造人間。戦術的撤退という奴だな。大方お前の硬さに脅威を覚えたのであろう。次は対策を立て、万全にして襲ってくるだろう」
「あの、大丈夫なんですか? あんな熱いのにしがみつくなんて」
「大丈夫だ。何せこやつはクマムシ男だからな」
「クマ……ムシ?」
「うむ。英名でウォーター・ベア。水の中の熊と異名されるほど狂暴な容姿を持つ虫だ。コイツの願いはどんな環境でも生き延びること。だったのでな。だが自分からこれにしろと言ってきたのだぞ」
エルシアはその生物自体見たことがないため、しきりに首を捻っていた。
それもそのはず。クマムシは最大1・7ミリという極小生物であり、苔などの中で生活しているのである。
裸眼で見つけることが不可能に近い生命体を、顕微鏡もないだろう異世界の住人が知っているはずもないのである。
「それで? 魔王四天王というのは報告を聞いた限りでは残り二人だったな。どんな奴がいる?」
「あ、はい。大地を自由に移動するロクロムィスと風の邪霊エスカンダリオです」
エルティアの言葉にふむ。と頷く首領。
「どのような能力を使うかは分かるか?」
「ロクロムィスは魔法に耐性を持っています。地面を移動して相手を足元から地面に引きずり込んで殺すと聞きました。エスカンダリオは逆に物理攻撃は効きません」
「W・B」
「はっ」
エルティアの説明を聞き終えた首領は、凛とした声で王利を呼ぶ。
王利は即座に首領の前に傅き、返事を返す。
「我がインセクトワールドはおそらく、もう我とお前だけだろう。まさに壊滅と言ってよい」
「そ、そんなことは……」
「構わん。王が残っていれば起死回生はいつでもできる。しかしだ。今の頼りはお前のみだということを肝に銘じよ。我と共に生き我と共に歩め。逃げることも裏切ることも死ぬこともさえも許さん。社を再生させるまで、我を助けよ。よいな?」
「はっ」
王利にとって、彼女は首領であり恩人である。
己の望む姿に変えてくれた。人生を救ってくれた恩人なのだ。
その恩人が助けてくれと言っている。
上から目線の言葉ではあるが、それは首領が立つ地位からのもの。
実際の彼女は私を見捨てず助けて欲しい。
王利にはそんな本音が聞こえてきた気がした。
「まずはこの世界を掌握するため、邪魔な魔王を潰す。その後魔王城を新生インセクトワールドとし、第四世界に返り咲く」
「では、当面の問題は魔王四天王。ですね」
「その通りだ。ロクロなんとかは手の打ちようがあるがエスなんとかは打つ手すら見えんのだ。お前に任せるぞ」
「了解致しました」
答えながらも、王利は思う。
物理攻撃効かないんじゃ俺の出番ないんじゃね? と。
それでも、色よく答えなければ首領の機嫌を損ねかねない。
すると、王利の自爆装置が即座に作動する可能性もあるのである。
首領への対応は慎重にならざるをえない王利だった。
「まぁ、当面の問題は我が寝床の確保よな」
現状を認識したが、場所の特定までは至らない王利。
適当に歩きながらエルフ王国を目指すのだった。