ラナリア浸食中1
「そう。そんな情報を貰えたのね。いいわ。報酬はそれでP・A、並びにA・Pの帰還を許可します」
入ってきた報告に返答し、ラナはふぅと息を吐いた。
首領専用の部屋には今、彼女の他には一人しかいない。
モニタリング用の器材が置かれた区画にある首領用の椅子に背もたれ、ラナは本来ならレウコクロリディウムが使う予定だった天蓋付きベットを見た。
そこではベットの上でクルナが膝を抱えて座っている。
三角座りで顔を伏せ、完全な鬱状態に入っていた。
本来なら、首領を殺したことでラナを助けられたと昂揚していたはずだったが、馬脚を現したゲルムリッドノートのせいでその興奮が一気に消し飛ばされたせいだ。
自分のせいでラナを首領の座に付かせたままにしてしまった不甲斐なさ。
そればかりかクルナ自身の失敗のしりぬぐいをしようとしてくれるラナに、彼女は申し訳なくて穴があったら入りたい気分だった。
そんなクルナを心配しながらも、ラナは秒単位で入って来る報告を見定めて行く。
どうでもいい情報が多い中、時折気になる情報が散見される。
どれもクルナに関するモノではないのだけれど……キナ臭い動きが見えるのだ。
ラナリアを監視する無数の勢力、その一部が行動を起こしそうなのである。
インセクトワールド社が作っていた博物館から異世界渡航の腕輪が盗まれたらしい。
レプリカではあるが厳重な警備の中、ラナが日本政府の伝手を使って依頼した怪盗の名を騙った怪盗に盗まれたのである。
ラナが行おうとしていた事を察した何者かの犯行か、あるいは別の理由があるのか、今は分からないがキナ臭さだけは感じてしまう。
「さて、どうしましょうね? ふむ。とりあえずハルモネイアとほたるんを派遣しておけ。機械ならば人の見落とすことを拾い上げられるだろう。証拠を探して追い詰めてやれ」
ラナは手元のキーボードをカタカタと鳴らしてハルモネイアに連絡する。
了解を得た彼女はふぅっと息を吐いて首をコキリと鳴らす。
今のところゲルムリッドノートに対する情報は一つもない。
やはりこの世界の事象ではどうにもできないのだろうか?
いや、この世界の想像力は凄い。アニメ、ゲーム、小説、映画、あらゆる物に予想外の発想が使われている。
そして、ラナはその殆どを言霊で再現出来る。
あるいは地下にある機械たちの科学力で、ラナリアの組織力で。ラナにとっては机上の空論ではないのだ。だからこそ、ヒントが見つかりさえすればゲルムリッドノートをクルナから引き離す方法を思い付くかもしれない。
だから、今はひたすらに情報を手に入れる。
幾つかの政治家の秘密も既に握ったし、大企業が揉み消した事件も手に入れた。
脅すだけで彼らはラナリアのいいなりとなるだろう。
自分たちに反抗の意を示した瞬間使ってやるつもりである。
まぁ、言霊を使えばすぐなのではあるが。
「ラナ……」
「なぁにクルナちゃん」
「……なんでもない」
既にクルナの精神はぼろぼろだった。
ようやく解放されたと思ったのに別の災厄に捕まっていたことに気付いたのだから落胆が大きいのだろう。
ラナとしても塞ぎ込んだクルナの傍に居たかったが、今は無理だ。させてもらえないのだから。
「D・B、何をしている? ……そう。つまり裏切りね。全社員に通達。ダスト・ブリンガーの討伐指令を出すわ。奴にラナリアの恐怖を刻みつけてやりなさ……いえ、いいわ。時間的にも私が出る方が速い」
また裏切り者だ。
ラナは溜息を吐く。
悪の秘密結社なのでこういうのが後を絶たないのは仕方がない。
でも、自分としては出来れば人殺しはしたくないのが本音だった。
けれど、クルナを助けるために、やらねばならないと気を引き締める。
「インペリア聞こえるか? うむ。しばらく留守にする、こちらの指示をお前に任す。行けるな?」
ラナはもう一度溜息を吐いて立ち上がる。
「クルナちゃん、ちょっと出て来るね」
クルナからの反応は無い。しかし、それでも十分だった。
ラナはただ一度だけクルナに視線を向けて部屋を出る。
首領の部屋から出たラナはエレベーターに乗ると左に設置された鏡を見た。
「首領さん……本当によかったの? わかっているわ。あなたの予想通りだったことくらい。だから、だからこそ絶対に私が守る。クルナちゃんを絶望には沈ませない」
特有の音が響き、エレベーターが一階へと辿り着く。
ばさりとローブを被り直し、ラナは開かれたドアから颯爽と歩み出る。
まさかの首領の出現に驚き足を止める怪人たち。
「さて、『空気よ大地よその他全ての事象たちよ。私を即座にダスト・ブリンガー、唐住隆志の元へ連れて行け』」
刹那、ラナの姿は一瞬で消えた。
ざわつく一階の大広間には、ラナがいた痕跡は無かった。
首領の出現を確かに確認したはずの社員たちは、狐につままれた顔で首領の姿を探すのだった。




