魔王四天王、炎鳥トリルトトス・前篇
光が収まると、急速な落下が始まった。
「むぅ、空中ではないか」
ビルの床が一瞬で消え去り、足元には空気しか存在しなくなっていた。
突然のことに全員が驚くが、すぐに自由落下が開始され、驚いている暇がなくなった。
「首領、エルティア、手をっ」
差し出された手を握り、首領が先に王利の上に引き寄せられる。
少し遅れて王利はエルティアをその横に引き寄せた。
一方、突然空中に出現した真由と境也はパニックを起こしていた。
「クソッ、何だこりゃ?」
「落ちるっ、どうしよう兄さんッ!?」
「どうするって……変身、そうだ変身だバカ野郎ッ、お前飛べんだろうが」
「あ、そっか」
ポンと手を打つリベルレ。
「Nepemeha!」
黄色く輝く光が彼女を包み込む。
光が収まると、伸ばした手で境也を掴む。
現れたのは複眼を持つ黄と黒の縞模様で出来た怪人、バグリベルレ。
オニヤンマを基調とした蜻蛉怪人である。
本来はロシア語で蜻蛉を意味する名の怪人だったが、日本に亡命した折、葉奈によって名づけられたのがリベルレである。
日本に来る際折角なので日本名と怪人名も考えようということになり、葉奈が率先して蜻蛉を表す言葉を辞書で検索し始めた。
葉奈は素で間違えたのだ。ほんらいならLibelleという外国語を、読み方が分からないので適当にリベルレと呼んだ。それを真由が気に入ったのでそのまま名乗っている。
単純な速度でいえばバグソルジャーでは最強を誇り、対空中戦ではパピヨンすら相手にならない空のハンター。
「お兄ちゃん、相手は空中で行動不能よ」
「いい判断だ真由。任せろ」
バグリベルレは翅を羽ばたかせ落下中の王利向けて特攻を開始する。
「Nepemeha!」
境也も変身の言葉を唱える。
変身の合図は改造を行った各社によって違っていて、彼ら二人が同じ秘密結社の怪人だったことを暗に告げていた。
ちなみに、インセクトワールド社は全てflexiоnである。
首領が変化という言葉で辞書を調べていた際、語呂の気に入った言葉を見つけたので会社創設時に変身コードとして改造人間たちに組み込むようドクターたちに指令を出していた。
「さて、どうするW・B」
「落下の衝撃は俺……私がなんとか致しますが、それ以外は……」
「ふむ。マズイ状況だな」
あくまで冷静に呟く首領。
高速で近づくバグリベルレと、光が収まり姿を現すバグシャークから視線を外さない。
青い外装を纏ったバグシャーク。その容姿はどう見ても……
「鮫、だな。奴はバグソルジャーではなかったか?」
巨大な顎を持つ鮫型怪人。
バグレンジャーは虫戦隊だと思っていただけに、一人だけ異色のヒーローだった。違和感というか疎外感がハンパない。
「そんなこと今はどうでもいいでしょうッ!?」
「しかしだなW・B。鮫は魚類であり昆虫ではなくてな。バグソルジャーは虫戦隊なのだ。鮫一匹交っておるのはなんともおかし話ではないか。これは詐欺……」
首領の言葉が終る間もなく、バグリベルレが突撃してくる。
目の前に来た瞬間、リベルレはシャークを離して真上を通り過ぎる。
離れたシャークが大口開け、王利たちを食いちぎらんと迫る。
「ほぅ、生身の我を喰らう気か」
「落ち着いてる場合じゃっ」
身動きが取れないながらも首領を守ろうともがく王利。
ただ、彼の体勢では首領を助けることなどできなかった。
「反射の盾」
結果的にバグシャークの牙が首領に触れることは無かった。
エルティアの唱えた魔法によって彼の身体は弾き飛ばされ、空中へ投げ出される。
「ナイス、エルティア!」
「い、いえ」
先に落下したバグシャークは地面すれすれでバグリベルレが回収し、無事に地面に着地する。
少し遅れ、王利が地面に激突した。
軽いクレーターを造り地面が陥没する。
「……ねえ、兄さん。アレ……死んだんじゃない?」
「上空数千メートルからの落下だしな。カブトでも無事じゃすまないんじゃないか」
「何らかの対策があると思ったのに、普通に落下しちゃいましたねぇ。敵だけどちょっと可哀想かも」
が、彼女の心配は杞憂に終わった。
「全く。もう少しマシな方法はないのかW・B」
「そういうんでしたら翅くらい付けさせてください」
「嫌だ。お前は自分からソレになったのだろう。別の昆虫能力を付け加えるなど邪道ではないか」
「……人体改造ってこと自体が邪道な気がしますけど」
激突した穴から這い出てきた三人は、全くの無傷だった。
「嘘だろオイ?」
リベルレもシャークもあり得ない光景に思わず我を忘れて見入ってしまう。
無傷で居られるはずは無いのだ。
高度数千メートルの垂直落下。
それも二人の人間を背にしたまま衝撃を全て吸収して無傷な生物など、改造人間であったとしてもあり得るはずがない。
そんな強度を持つ生物が生物学上存在するはずがない。
いや、リベルレにもシャークにも想像すら付かなかった。
間違いなく、相手の強度はバグカブトの外骨格を上回る。
いや、上回る程度では済まない。
一体どんな生物を元にすればあの強度を再現できるのか。
「相当堅い敵だ。ここでインセクトワールドの首領をやるぞリベルレ」
「二対三か、さっきまでだったら楽勝だったけど……相手が悪いなぁ。大ボスと護衛兵と……えっと……」
今さらながらエルティアの不可解な容姿に気づいたバグリベルレは、言葉に詰まる。
その容姿は人に似ていたが、異様に付きでた耳。
着ている服はドレス。普通の民間人というよりはパーティーにでも向うお金持ちといった様子だ。
普通の人間とは思えないが、改造人間にしても、余りに脆弱。
「気を付けろリベルレ、あの耳の長い奴、妙な能力を持ってやがるぞ」
「え?」
「俺の身体を弾き飛ばしたのは奴だ」
それはつまり、触れることなく相手を弾く能力。
リベルレの得意とする技は突撃系であり、シャークも噛みつきが主な攻撃、せめて水中であればシャークに遠距離攻撃が付属するのだが、さすがに周囲に水は存在しなかった。
かなりの苦戦は予想できるものだった。ただし、
「二人とも下がっててください」
「やれるかW・B?」
覚悟しているのは王利も同じだった。
エルティアは確かに魔法を使える。しかし、所詮は生身のエルフ。
さらにその横に居るのは王利の上司中の上司。
万が一にでも彼女に傷を付けさせるわけにはいかないのだ。
自分が生きている間には絶対に。
「やるしか、ありませんから……もしもの場合はエルティアとお逃げください」
「ふむ……では任せるか」
覚悟を決めて、王利は二人のバグソルジャーと対峙する。
しかし、彼らが戦うことはなかった。
突撃しかけた三人の間に、突如炎が吹き荒れる。
驚き足を止めた王利たちが見たモノは……
「見つけたぞ、フィルメリオンの仇め」
空高く、ソレは雄大な翼を羽ばたかせ、身体を炎で包んでいた。
「我が名は魔王四天王が一人トリルトトスである」
灼熱の体躯を持つ巨鳥、トリルトトスの出現だった。