第四世界の日常3
エルティアも大してこの世界に詳しい訳ではなかった。
だが、商店街に向い買い物を行う程度には彼女の知識も存在している。
八百屋で野菜を買う。
お金の使い方も既に学んだ。
首領に基礎を教わることになったが、応用は気のいいおばさんたちがエルティアを外人さんと感違いして勝手に気前よく教えてくれ、ついでとばかりにおまけの野菜を付けてくれたりした。
クルナと二人で買いモノに行くようになると、妹さんかい? と気さくに話しかけられ、なんやかんやで嘘が拡大。エルティアは北欧系の外人で勉強に来たこちらで王利の家にホームステイしている姉妹の長女とかいう謎の人物になってしまっていた。
クルナは王利側の妹とされ、家に籠ったままのエルティアの妹が近々顔を出しに来ると、エルティアも話している時点で自分の設定が良く分からなくなってきていたが、今のところボロはでていない。
ニンジンと玉ねぎ、ジャガイモを買う。
全て初めて見るような根菜たちに、ラナが興味津々だった。
クルナも初めて見た時は自分の世界にない野菜に感嘆したものだが、それよりも果実に興味を覚えていた。
メロンと言う名の巨大な果実。
他の果物と一線を引き、単体で980円もする大物だ。
その姿も独特で、今まで見たことのない不思議な縞模様を持っている。
気になる。
あれはどんな味がするのだろうか?
食べてみたい。けれど自分にはお金が無い。
エルティアに強請るのもどうかとおもうし、こんなことのために言霊を使うのもいただけない。
「あ、あの、これって……なに?」
控え目に聞いたラナの言葉で思考から我に返るクルナ。
ラナの視線の先には黄色い房に繋がった五つくらいの長細い果実があった。
変わった果実だ。クルナもこれは確かに気になっていた。
でも、どうやって食べるのか全く分からないので警戒もしていたものだった。
「これはバナナだよ」
問われた八百屋のおかみさんが告げる。
その顔は柔和で、まるで孫が遊びに来た時の顔をしていた。
「えっと……これくらいならなんとか買えるかな。じゃあコレもお願いします」
「あいよ。折角だ、妹さん達にこれをあげな」
とついでに黄色い果実を三つおまけしてくれた。
上の中央部が緑色で、果実の外側の皮はブツブツとしている。
ミカンというらしい。
変わった果実だ。少なくともクルナ達の世界では見なかった存在である。
道中に皮を剥いたミカンを三人で食べる。
酸味の利いた甘い果実だった。
こんなおいしい果物もあるんだなとちょっと幸せになる。
でも、とクルナは考える。
自分の世界なら金などというものは必要なかった。
なにせミカン、来いと告げるだけで手元に現れ簡単に食べられるのだ。
それに比べれば、なんと面倒なルールなのだろう。
金と言うものを持っていなければ果実一つ満足に食べられない。
こんな世界で自分が生きていけるのだろうか?
そもそもこのお金はどうやって手に入れるのだろう?
そんな疑問をクルナが考えている間に精肉店へ。
グラム幾らの肉を買って次に向うはコンビニ。
コンビニというのは初めて入ったクルナだったが、これは驚きの施設だった。
必要だと思える物がそろっている。
下手をすればこの施設で生活すらできるんじゃないかと思える程だ。
ちなみに、催したラナがトイレを借りていたのだが、こんな施設に公衆のトイレがあることに驚いていた。
カレールーを買ったエルティアはついでとばかりにフライドチキンを三つ買って帰路についた。
途中三人でフライドチキンを食べ歩きしたのは言うまでも無い。
クルナもラナも揚げたチキン肉というものは初めて食べるらしく、物凄く美味しそうにしていたので、エルティアは自分が初めて食べた時を思い出して嬉しくなった。
あれはそう、初めて王利と一緒にコンビニに行った時だった。
と、思わず感慨深げに思いを馳せる。
こちらに来て幾らもしない日。
王利に連れられ必要なモノが一通りそろってるから欲しいのが出来たら買いに来てみてと案内されたのである。
時期的におでんも肉まんもやってないんだけど、と前置きした王利は、レジに並んでフライドチキンを二つ頼んだ。
店員が動いて商品がやって来る様を見つめていたエルティアは、そこで初めて通貨のやりとりを学ぶことになった。
物々交換の代わりに貨幣を用いる。
エルティアの世界でも最近幾つかの商人が行い始めていた信頼買いと呼ばれる手形と商品を交換すると言うものだったが、似た様な物はあった。
でも、ここまでスムーズに行われる会計を見たのは初めてである。
なによりキャッシャーによって扱われる膨大な量の情報。それをぱっと見ただけで最終的な金額だけを口にする店員たち。
この世界の住民は化け物か!? と思わず思ってしまった程である。
当然、初等科で習う足し算引き算掛け算は必須だということを、エルティアは知らない。だから、この技術を大抵の人が出来ると聞いた時には耳を疑った程だった。