第四世界の日常2
エルティアの日常は完全に家政婦になっていた。
その仕事量はまさに主婦。掃除洗濯食事にゴミ出し。
買い出しでは御近所付き合いも出来て来て、最近はクルナたちと一緒に買い物に行くことも多くなり似てない姉妹として話題になっていた。
「はい、これで完了です」
さすがのエルティアといえども、脳の一部を回復させるのは骨なようで、数日間、ラナに回復魔法を掛け続けていた。
少しづつ自分の意志を取り戻して行くラナに、クルナも自分の境遇を忘れて喜び合っていたが、今回ばかりはついにこの日が来たのだと、動き出したラナに飛び付き泣きだしていた。
本日、ついにラナが本来の元気さを取り戻した所なのである。
首領により喰われた脳を回復させ、働かせ、自分の意志で動くようにするまで、ラナもクルナも長い時間やきもきさせられた。
だからこそ、今、この瞬間は二人にとって最高の日になっていた。
ベットの上で腕を組んだ首領がうんうん頷いているが気にならない程だった。
「ラナちゃん。本当に、本当によかった」
「うん。その、ごめんねクルナちゃん。私のせいでこんなことになっちゃって」
「ううん。いいの。ラナちゃんのせいじゃないもの」
熱い抱擁を交わし合うのは王利の部屋である。
一頻り抱きしめ合った二人は、涙顔でエルティアに礼をする。
「ありがとうございますエルティアさん。その……このご恩は忘れません」
「そんな。当然のことをしたまでですから。ところでお二人は、これからどうされるんです? 勇者様が戻られるまでは異世界には行けないのは確かですけど、戻って来られたら、帰られるんですか?」
「それはもちろんラナと一緒に……」
クルナは当然とばかりに応える。しかし、ラナはソレを遮る様に告げた。
「私は、残るよ」
「ラナちゃん?」
「その……上手く言えないけど、帰れないから……」
その言葉で、クルナは察してしまった。
言霊だ。ラナに寄生した状態で、首領はラナ自身に制約をかしたのだ。
その制約のせいで、ラナはこの世界で過ごさざるを得ない状況なのだろう。
そう、ラナは確かに元に戻ってくれた。
エルティアの回復魔法の御蔭で元気になったのだ。
だけど、とクルナは嫌味な笑みを浮かべる首領を見る。
菅田亜子の姿で目玉だけが芋虫のように気色の悪い顔をしている。
首領をどうにかしなければ、クルナ自身もラナも自由にはなれない。
やはり、潰すしかないのだ。
この首領と言う名の悪魔を葬り去らなければ、自分たちは一生こいつの奴隷として過ごさなければならない。
それは絶対に許されざる行為だ。
クルナは思わず首領を睨む。
しかし、首領はにやにやと薄気味悪い笑みを浮かべるだけだ。
クルナには絶対に逆らえないと鷹を括っているように見える。
油断しているならば、それはチャンスだ。
出来る限り早めに全ての用意を整えなければならない。
出し抜くのだ。
奴隷化している自分が、主人となった首領を潰す。
悟られてはならないが、入念な準備が必要だ。
秘密裏に一人づつ、確実に言霊で落とす。
そしていつか……
「じゃあそろそろ買い出しに行きますね。クルナちゃん達も来るでしょ?」
「あ、あの、私も良いんですか?」
「ええ。ラナちゃんももう自分で動けるだろうし、リハビリを兼ねて一緒に行きましょ?」
「は、はいっ。別世界の外って初めてです。昨日まではクルナちゃんのお話だけだったけど、今日からは一緒に自分の目で見れるんですよね!」
「ええ。それじゃあほたるんさんとハルモネイアちゃんも一緒に……ってあの二人どこですか?」
ふと気付いた様にエルティアが周りを見回す。
「あの二人ならいつものように周辺探査とやらを行いに向ったぞ? 庭にナールがいるから居場所を聞けばわかるだろう」
応えたのは首領。彼女はエルティアが買い物に行くと聞いた途端、自分はもうやることが無いな。と王利の部屋に存在する本を読みながらベットに寝そべり始めた。
その姿はまさに少女の休日を体現していたが、やはりその目だけは不気味であった。
そんな首領に一瞥くれて、クルナはラナと共に立ち上がる。
多少よろけるラナを支えて一緒に歩きだした。
ここ数週間満足に動けていなかったラナの筋力は衰えているようで、かなり歩行するのも辛そうである。
言霊で速く回復するように指令を送っていたので、回復は速そうだが、しばらくは付き添いが必要になりそうだった。
エルティア、ラナ、クルナの三人は用意を終えて家を出る。
出掛けにナールに聞いてみたところ、ほたるんとハルモネイアの居場所はかなり遠かったので今回は三人で買い物に行くことにしたのだった。
ナールが付いてきたそうにしていたが、ナールの体躯は大きい上に機械が動くという異常な技術の結晶体なので騒ぎにならないよう留守番して貰う事にした。