何も存在しない
初め、自分は転移に失敗したのだと思った。
しかしそうではないと知った。
ただ、何も無かっただけなのだ。
その世界は、光も闇も存在しない。
遠くまで見渡せ、そして、何も存在しない。
地面も、空も、空間も。
王利はただ、透明な空間に存在していた。
遥か遠くまで色の無い世界。
そこは暗闇よりもおぞましい世界だった。
自分以外、何もかもが存在しない世界。
果てしなく続く透明。
透明の先に暗闇は無い。
透明の先に光も無い。
あるのは、ただ無のみである。
その空間には王利以外全てが存在しなかった。
だから、自分が浮かんでいるのか、飛んでいるのか、落下しているのか、停滞しているのか。
そんな簡単な事すらわからない。
見渡すかぎりに色が無く、不気味な程の透明が存在する。
視覚情報に一切の色が存在しなければ、そこに存在するのは暗闇になるはずだった。
だが、その暗闇すら、消し飛ばされたように存在を消されている。
ただ、世界が存在する。
何も無い空っぽの世界がそこにある。
それが第二十二世界。
そして、滅び去った世界。
想像もつかない神の怒りに触れた愚かな世界は、その全てを完全に消し去られていた。
王利はその途方も無い力に恐怖を覚える。
こんな場所には居たくない。
ここにたった一人存在し続けるなど絶対に無理だ。
慌てるようにダイヤルを回す。
次の世界へ行こう。そう思ったのだが、ダイヤルを焦って逆方向に回していた。
結果……
「おや、お早いお帰りで」
グレイな監査官と再び鉢合わせしている王利がいたりする。
「な、なんなんですかアレ! 何も、何も存在してなかったですよ!」
「そりゃそうだ。それが神威というものさ。神の逆鱗というものがどれ程なのか、良く分かる世界だろう?」
それはそうだが……と王利は叫びそうになって口を噤む。
彼に口論しても無意味なことだったと思い返したのだ。
「でも、説明されるよりインパクトがあって分かりやすいだろう?」
「そりゃ、そうですけど……」
「つまり、君がこれから向おうとしている場所は、君の態度一つで君の世界をああする事が出来る存在がわんさかいる世界だってことさ、気を付けてくれよ」
上には上がいるとはいうものの、もはやここまでくると想像すら付かない存在だ。
対応次第で世界ごと消し飛ばされるとか、王利にはもうどうしたらいいかわからない。
出来るならこのまま第四世界に戻ってしまいたい程だった。
でも、一応葉奈と約束したのだ。
このまま何の成果も無く途中止めのように戻ってしまうと彼女に合わせる顔がない気がする。
それに、救えるはずの誰かも救えなくなる。
溜息を吐いて王利は転移装置を見た。
これを手に入れた以上、異世界に行けるのは自分だけなのだ。
そりゃあ他の人を連れて行くことはできるけど、その人物を置き去りにするかどうかも自分の胸三寸にかかっている。
「そういえば、これって、何処で造られたんでしょうね」
「さぁて。我々の技術でも再現は不可能だろうね。おそらくさらに高位の世界で造られたモノだと思うんだけど、ふむ。確かに気にはなるね。まぁ、結果がわかったら教えてくれると嬉しいね。さすがに同行する気にはなれないけど」
監査官はどうにも高位存在に会うのが恐いらしい。
第二十二世界のことを知っていることからして、一度アセンションしたのだろう。
その時の恐怖がトラウマになってるんだと思われる。
「じゃあ、折角なんでついでにコレの作成についても調べてみます。何らかの方法で造られたのは確実ですし、何処から流れて来たのかは知っておいた方が良い気はしますね」
王利は脳内メモに走り書きする。
やるべきことは誰かを助けるためにさらに高次元に転移してみること、その中で、聖女がきっとメッセージを残しているはずだ。
そしてもう一つ。自分が付けることになったこの腕時計型異世界転移装置がどの世界で造られどうしてあの遺跡に埋葬されていたのか。
その理由を調べる。
「あ。せっかくなんで少しお使いを頼まれてくれないかな?」
「お使いですか?」
「うん。高次元世界にあるおつまみとかあったら持って来てくれないかな? 裁判長が酢昆布だけじゃ嫌だと駄々こねてるんだ」
既に酔い潰れているのでは? と王利が見回すと、いつの間にか復活してちびちびとアシク茶を飲んでいる老人を見付けた。
アシク茶を飲み干すとすぐ横にあったグラスにソーマを並々注いで一気飲み。
そしてぶっ倒れる。
「我々は君よりも高位存在だよ。あの程度の酒でダウンする訳ないだろう。すぐ復活さ」
一応ダウンはしているのだが、そこをツッコめない王利は溜息と共に転移装置のダイヤルを回す。
「一応、探しますけど期待はしないでください」
それだけ伝えて、新たな世界へと旅立つのだった。




