裁判長、慈悲を与えてはどうでしょう
王利は未だに戸惑いを覚えていた。
第二十一世界に来たはいいのだが、ここの特性がイマイチ理解できない。
一応、王利の住む世界よりもずっと高位に世界だということは理解できるのだが、高位過ぎて理解不能なのだ。
それなのに、彼らのやっていることは至って低次元でよく見られる酒盛である。
酔っぱらった裁判長と呼ばれているお爺さんが裸踊りを披露するとか言って監査官と呼ばれているグレイに止められていたり、笑い上戸の風の女性と泣き上戸らしい粘体女性が話の噛み合わない会話を始める。
既に王利が来て数時間経っていた。
アシク茶しか飲んでいない王利は酔う気配がないのだが、唯一飲んでいない監査官と二人酔っ払い共の世話をする羽目になっていた。
青い炎の人型が酔い潰れて寝っ転がり、高鼾で眠りだす。
全身黒の流線型男はスクリーン画面を見据えたまま微動だにしない。どうやらその状態で寝ているらしい。
さらに数分後、ようやく静かになった現場で、グレイと二人王利は息を吐いていた。
なぜか介抱を手伝う事になってしまったのだ。
裁判長の相手が一番堪えたのは言うまでも無い。
酔っ払いの長い人生話程聞くに堪えないモノはないのだ。
「いや、助かりました」
「いえ、でも、ここは結局どんな場所なんですか? それとあなた方は何をしているので?」
「そうですね。強いて言うのでしたら、ここは会合所というべきでしょうか。世界と世界を繋ぐ隙間であり、我等位の存在なら誰でも行き来可能な場所ですね。こんな事、考えたことありません? 世界の形はどんなもの? 球体? 四角? 平面? 我々は一つの世界をワールドエッグ。世界の卵と呼んでいます。この卵一つ一つがぎっしりと敷き詰められていると考えてください。今存在しているのはその卵同士の隙間に位置する場所、つまり世界と世界を繋ぐ空きスペースということです」
当然、難しい話を理解する気の無い王利には分かるはずがなかった。
「我々が今行っているのはこの卵の一つの世界を覗き見ているということでしょうか。本来、卵の内部への干渉はすべきではないのですけど、今は執行猶予の罪人が刑に服すか無罪を勝ち取るかの瀬戸際なのです。といっても、既に刑に服すことは決まった様な物ですが」
「……へぇ。何でです?」
「少し前、といっても数日前になるのですが、対象だった松下家再興という条件が達成されることなく落城しましたので」
「え? でも内部の皆はまだ闘ってるけど……」
「ええ。松下の城主さえ生きていればまた再興可能だと思っているのでしょう。残念ながら、もう答えは決まった様なものですが」
「ちなみに罪状は?」
「異世界を放置したことにより他の世界の人物が異世界へ召喚されることになり、魔王討伐に際し異世界に姿を現しただけでなく幾つかの下位存在にギフト、超常軌的な能力を付加したらしいんです。まぁ、向こう百年能力封印措置で十分なんですがね。後は裁判長方の判断次第ですね。彼らが白と言えば白。黒と言えば黒になりますから」
「なる程……つまり、結果はでてしまってるけどこれから先の行動で裁判長が気に入れば無罪も可能と?」
なんて適当な裁判だ。
王利の思いを適確に受け取ったようで、監査官はクスクスと笑う。
「まぁ、我等の裁判などそんなモノですよ。ここに居る最高峰の実力者が適当に判断するだけ。それに逆らえる存在が居るとすればさらに高次元の、我々には想像も及ばない存在だけでしょうね。羨ましいですよ。あなたはその存在にすら出会える可能性を持っている」
と、腕時計型の異世界転移装置に視線を向ける監査官。
釣られるように王利もそれを見る。
確かに、この装置は不思議だ。
今まで普通に使ってきたが、気になる事は沢山ある。
そもそも無数の世界、その全てが自分がいた世界と空気構成が同じとは限らないのだ。
下手をすれば転移と同時に空気が合わずに死ぬ事すらありうるのだ。
特に第一の線の世界や第二の平面世界。
あそこに空気というものが存在しているとも思えない。
でも、王利たちは普通に存在して行動していた。
「ですが、超常軌的存在というのは我々にすら想像の及ばない存在です。そんなモノに会いに行くと言うのならば、あなたは自身が消えることを常に意識し敵対することがないよう気を付けてください」
「敵対するなと? でも相手があなたたちみたいに全員話しのわかる相手かすらわかりませんけど」
「それでもです。あなたの居た世界は我々高次元の存在により造られた。つまり創造者にとってあなたは意志一つで消える存在なのですよ、わかりませんか? あなたが妄想で作った存在、それを例えば妄想で殺した。あなたの死はその程度のものなのです」
わかる様な分からないような。
つまり相手の意志一つで俺の存在など消し飛ぶ儚いものだと言いたいのだろう。と王利は思う。
そして、この世界以降はその全てが王利を指先一つ動かすことなく消せる存在だらけなのだということだ。