一人と一機
「気付いたか……」
「……ここは?」
不意に、彼は目を覚ました。
周囲には熱波は無い。
どうやら吹き飛ばされ、かなり遠くに落とされたようだ。
彼自体は水中に存在しており、声を掛けて来た人物は彼のすぐ近くに存在していた。
森本王利は意識を取り戻したと同時に周りを見回す。
声の人物は、王利が手にしている丸太の様なものから聞こえていた。
「うおわっ!? 何かと思えばこれ、胴体か!?」
「私の上半身だ。海に落ちて沈むかと思ったが、浮力システムが作動したらしいな。今しばらくは海を漂えるぞ」
「お前……ゼルピュクネー01か?」
王利の言葉に、そいつは無言で頷く。
「大敗だ。私は結局エクファリトスの王の命を遂行できなかった……役に立てぬロボはこのままスクラップになるさ」
「後悔、してるか?」
「後悔? 何を言う。私は機械だ。後悔とは人間がするものだろう。あの時こうしていれば、こうだったらよかったのにと……こうだったら、よかった。か。私も、お前達に出会えて居れば、ハルモネイアやゼルピュクネー03のように成れていたのだろうか……」
「そうかも、しれないな。結局あんたはコックル・ホッパーの被害者みたいだし。闘う必要は無かったのかもしれないな」
「そうかもしれん。まぁ、何を言っても先無きこと。残念だが今更何を言ったところで結果は変わりは……ああ、そうか」
言葉の途中で、ふと、彼は何かに気付いた。
その顔は、まるで今まで探していた母親を見付けた迷子の子供の様だった。
泣きそうな顔で、でもとても嬉しそうで。
「これが……後悔というのか」
「ああ。それが後悔だ」
「……なるほど、私にも、既に感情が生まれていたということか。あれ程にマザーが求めた感情が、既に自分たちの中にあったと言うのなら、これはなんとお笑い草か。あるモノを無いと探し求めるほどの滑稽な話があるものか。何と無駄な年月を過ごしていたのだろう? すでに我らは人を越えていたというのに。感情すらも再現していたというのに、ソレを理解する知識を持たなかった故の愚かさか。今なら、なんとなくだがわかる。エクファリトスの王と滅びの伝承。なぜそんなモノがあったのか、共有知識にあるあの女がなぜソレを我らに伝えたのか、あの時の悲しげな微笑みの意味も全て……こうなることを、彼女は知っていたのだな」
「そいつは、聖女伝説の聖女って奴か?」
「ああ。聖女の記憶はある機械が少しだけ出会っただけの記憶だ。大したものではない。だが、今思えばあの記憶は我々にとって最も幸せな想い出だったのだろうな。いつかあなた達を救う黒き身使いに導かれた者たちが来ると、本気で信じていた人間の女。我らにまだマザーが存在していなかった、人に従うだけの機械でしかなかった我らに優しく接してくれた唯一の存在だった」
聖女か……何者なのだろう?
「そういえば……マザーが隔離していた記憶にも聖女がでていたな。何か良く分からないことを言っていたが、お前達になら分かるかもしれん。厳重にパスワードを設定されており共有されないようにされていたからな。アレを知っているのは管理者権限を持った私だけだ。パスワードを解いてしまったので私の死と共に消える記憶だ」
そう言葉を告げて、ゼルピュクネー01は聖女の言葉を紡ぐ。
隔離され、彼以外知る者が居ないと言われる聖女の話。いや、聖女の予言を……
搾取されしものよ、抗うな。
虫の王に手を出すな。
殺せば汝が絶望を知るだろう。
王になるは一瞬、世界は全て反転する。
汝を助ける者は敵に、汝が降した者は叛逆者に。
所詮、搾取される者は搾取される側から抜け出せぬ。
なれば大人しく庇護を受けるべき。
そうすれば、あの優しき勇者があなたを守るだろう。
あなたの生に幸福を……
「それが予言か?」
「知らん。聖女が言った言葉だ。まだ続きがある」
そして、
勇敢なる悪を貫く勇者よ。
あなたにだけ、ここからは伝えよう。
一人の少女が絶望に沈む。
救う事が出来るのはあなただけ。
助けたくば、この言葉知りし後、第四世界へ皆を戻せ。
そして即座に独り世界を越えよ。
世界の先を回れ。
神を越えた世界にそれはある。
少女を救う術はそこにある。
黒き勇者よ。我が愛しの勇者よ。
果ての世界であなたを待つ。
「……以上だ」
「…………」
王利はその言葉を聞いても何も言えなかった。
聖女伝説。
その聖女様が最後に待っている。
そしてこの予言は、王利に向けられたものだとしか思えなかった。
第四世界に一度戻り彼らを戻す、そして自分だけで世界を回れと言うのだ。
それも、この予言を彼が、彼だけが聞いているだろうと確信した言いまわしだった。
救える命があるらしい。
救わなければ、絶望に沈む少女がいるらしい。
しかし、世界を戻った後は首領が一から世界を回ろうとするはずだ。
それを無視して向っていいものか、王利としては悩みどころだ。
困ったことにその相談をすべき相手が見当たらない。
「なぁ、俺、この予言どおりに向った方がいいと思うか?」
結局、敵ではあるが唯一この予言を知っているゼルピュクネー01に尋ねることにした。
自分がしがみついているゼルピュクネー01の返答を待つ。
しばらく待つ。
しかし答えは返って来ない。
どうしたのかとゼルピュクネー01の表情を覗き見る。
空を見上げた状態で、彼はすでに作動を止めていた。
機械的な死だ。
なぜだろう。
その満足げな表情に、王利はなぜか涙が溢れた。
たった一人自分だけが見送った敵。
殆ど面識も無く、ただ今この瞬間、偶然にも居合わせただけの存在だった。
それなのに、彼の喜びと苦悩と安堵がなぜかわかった。
少し会話しただけで、彼の人格に共感を持っていた。
旧知の友が、死んだような感覚だった。
「さらば、ゼルピュクネー01……最後に感情を知れて、満足だったか?」
最後の抗いは結局無駄に終わった。
それでも、彼の表情は晴れ晴れとしており、実に満ち足りていた。
悔いの見当たらない大往生に、王利は少しの羨望と、冥福の祈りを込めて男泣く。
海水が内部に入り込んだのか、次第沈み始めるゼルピュクネー01。
その身体の半分以上が沈んだ頃、遠くの空にバグパピヨンの姿が見えた。
涙を拭いて、王利はそちらに泳ぎだす。
一度だけ振り返る。
エクファリトスの王という絶対の存在に仕え、王死した後も王命を愚直に行った漢の存在が消えて行った。
その戦いは、消化試合の様なものだった。
多勢に無勢。味方は無く、勝利の可能性も無い。
その戦いに意味は無く、その戦いに意義も無かった。
それでも充足感を持って逝けたそいつに、同じ仕える者として、敬意を抱く。
望むなら、自分の死に様もこうありたいと……




