首領への報告
秘密結社インセクトワールドは表では数多の事業に手を出すグローバル会社である。
基本的には昆虫世界の技術を生活に応用するというコンセプトを掲げている。
たとえば蜘蛛の糸を繊維として服を作っり、それを売る。
モルフォ蝶の翅を模してガラス細工を作っり、これも売る。
今、力を入れているのはハエの浮遊方法を参考にした新しいヘリコプターの設計や、副業として歴史博物館と昆虫の歴史をコラボさせた展示会の開設を目指していた。
全て首領が、よし、これやろう。と、突然の思いつきで始められることが多く、中には昆虫に関連しない事業もいくつかあった。
本社が秘密結社としての本部に当り、ここの社員だけは全てが改造人間だった。各事業は分社として別の場所に個別に会社が建てられており、そちらには何も知らない人間たちが働いている。
もしも本部が機能しなくなったとしても首領の元に資金が入る仕組みになっているのである。
手広く広げ過ぎた事業は、首領本人も把握しきれていないとまで言われる程に多く、末端の末端には必要にかられ、一部民間人の裁量で勝手に立ち上げられた子会社もあるのだとか。
インセクトワールド本部にやってきた王利とエルティアは、事後報告ということで首領の元へと通されていた。
そこは謁見の間というには少し狭い場所。
王利の目の前には段差があり、その上にピンクのカーテンで仕切られたベットがある。
いや、ベットだろうと思われるが、王利からはシルエットしか見えないので、別のものかもしれない。
それでも、ベットの上に誰かがいる影ができていることだけは確かだった。
誰も姿を見たことのない首領である。
噂では女性らしいのだが、一昔前は男性だったとか、化け物の姿を見たという噂もあった。
首領のいる壇上から段差を下りた左右には、幹部クラスの改造人間が五人づつ。
今のインセクトワールドを支える強力な怪人たちである。
「なるほど、バグソルジャーに壊滅させられたか」
事のあらましを全て伝えると、ピンクカーテンの向こうから、淡々とした少女の声が聞こえてきた。
まるっきり子供の声だったのだが、言葉の端々に威厳が感じられる。
思わず王利は平伏していた。
ピンクカーテンの向こう側へ視線を向ける事が出来ない。
「はっ。ただ、幸いなことには、掘り出された【境界を越える腕輪】はここにあります」
「外せるのか?」
「それは……」
何度か試してみたが、外す事は出来なかった。
変身した後でも付いたままだったし、フィルメリオンのアイスブレスでも壊れなかった所を見ると、特殊な金属で出来ているようだ。
それも、地球上にはないだろうと思われる金属で。
「まぁ、別世界の証拠であるそのえるふとやらを連れてきたことは評価すべきか」
失敗といえば失敗だ。
バグソルジャーが襲って来た時、王利は逃げたのだ。
腕輪を守るためだったとはいえ、怪人らしく戦うことなく逃げ出した。
首領の裁量次第では、ここで爆死という可能性もありうる。
別の秘密結社では一度の失敗で処刑するのだとか。落とし穴に落とされ破棄されるとも聞いたことがある。
腕輪を調べるにしても、王利の腕を切り取る必要性もある。
任務失敗と取られてもおかしくはなかった。
現に、周囲の幹部たちからの視線は冷たい。
討ち死にすらしなかったことを責められている気分にさせられる。
「……まぁ、初任務にしては良い結果か」
まさかの裁量に王利は顔を上げた。
嬉しさについつい声が出る。
「あ、ありがとうご……」
告げられた沙汰に、礼を述べようとした王利だったが、首領は語調を強め、続きを口にした。
「しかしだッ」
その威厳ある言葉に王利ばかりかエルティアまでが思わず身を固くする。
「つけられおったな、間抜けめ」
首領の言葉と同時に、警報が鳴った。
「な、なん……」
「バグソルジャー共がここに来たようだ。まさかここがバレるとは思わなんだぞ。全員、迎撃に当れ。インセクトワールドの恐怖を存分に与えてやれ」
首領の指令を受け、幹部全てが部屋を後にする。
幹部たちが怒号を発して近くの怪人や戦闘員に指令を出し始める。
「も、申し訳ありませんッ」
「よい。それで? お前は行かんのか?」
死地に向かうことのない王利に、首領は無慈悲に告げる。
さすがにそれでは殺されかねない。
困った王利は右腕のブレスレットを掲げて言った。
「首領、その……こ、このブレスレットはいかがいたしましょう?」
「……そうだったな。お前がバグソルジャーにやられると、それが相手に渡ることになるか。ふむ」
と、何かを考え付いたようで、首領の影が手招きをする。
「ほれ、天幕の中へ入るがいい」
「よろしいので?」
「お前はなかなか見所があるでな。頭が回る奴は好きだ。自ら死地に赴かないよういろいろと考えておるだろう」
誰も会ったことのない首領に会える。
その光栄さに王利は全身が震えるのが分かった。
雲の上と思っていた相手に会える喜びは、たとえ王利であっても沸き起こる衝動であった。
王利は恐れながらもカーテンを開き内へと入るのだった。