VS ゼルピュクネー9
その少女は全く見覚えの無い少女だった。
一人、首領という名の女性がいることは既にエクファリトスの王から連絡を受けていたが、その容姿は彼女のものではなかった。
ゼルピュクネー03は困惑する。
目の前に居る少女は何者なのか。
その答えは誰からも齎されることはなかった。
「さて、来て貰って早々悪いが、『動くな』」
刹那、ゼルピュクネー03の動きが止まった。
なんだ? と思いつつ身体を見るが異変は見当たらない。
それを見た相手はニヤリと醜悪な笑みを向けて来た。
幼い少女でありながら、その表情は悪魔の様に見える。
「クク。やはりな、意思があろうと所詮は機械、無機物は自在に操れるのがいいところよな」
「貴様、何をした?」
目にレーザーを溜める。
「バカが。『目を閉じ首を背けよ』」
レーザー発射の瞬間瞼がレーザーを遮る。
ゼルピュクネー03の瞼が消し飛んだ。
しかも首を捻っていたためレーザーは相手に当ることなくロクロムィスの内部を破壊するに留まった。
こうなるとゼルピュクネー03に攻撃方法が無くなる。
慌てて更新を行う。
今はこいつの存在を皆に知らせねばならない。
それが自分にできる唯一の方法だと。
ゼルピュクネー03は必死に更新を行う。
だが、まるでそれを見透かしたように女が笑う。
囁くように言った。
「『ゼルピュクネーよ。更新を止めよ』これで、止まるかな?」
止まっていた。
ゼルピュクネー03がどれだけ更新しようとしても、彼の身体である機械が反応しない。
もどかしい。思考はしっかりと稼働しているというのに身体が言う事を聞いてくれないのだ。
ゼルピュクネー03は後悔する。
出会った瞬間こいつを瞬殺しておけばあるいは勝てたのではないか?
しかし、その想いは既に後の祭り。
今はもう弄られるだけの存在になっていた。
なんとかするにはもう、遅すぎたのである。
「ところでゼルピュクネーよ。お前の正式名称は何だ?」
「ふん。誰が言うか」
「おや。名乗りくらいはすべきではないか? そうだな。相手の名を知るにはこちらも紹介せねばなるまいか。初めまして、我はインセクトワールド首領レウコクロリディウム。そしてこの身体の名は、ラナという」
「報告と違う……インセクトワールドの首領は黒髪の女だったはずだ」
「我は身体を替えることができるのだよ。今はこの身体を使っているのさ」
「……いいだろう。私はTP-882151。通称ゼルピュクネー03 」
果たして、言ってしまって良かったのだろうか?
ゼルピュクネー03は疑問に思いつつも素直に名を告げていた。
目の前の悪魔の顔が醜悪に嗤った。
「そうかそうか。では『TP-882151。エクファリトスからの指令を全て削除せよ。新たに命じる。汝はこの我を主としてこれから働くがいい』」
その言葉に、ゼルピュクネー03は絶望した。
やはり名前を言うべきではなかったのだ。
だが、次の瞬間、自分の意志と裏腹に、自分の中からエクファリトスの王による指令が欠落して行く。
すると、何故だろう。このラナという少女に対する憎悪がすっと消えて行った。
「お前を主としろと言うが、この私に何を求める?」
「インセクトワールド社員としての働きを。ここから出た後はW・Bにいろいろと聞くといい。それと『TP-882151。ラナに私が憑依出来ることは他者に秘密にせよ。そして、以後我以外の言霊で動くことを禁ずる』」
ゼルピュクネー03は自身に枷が填められた事を知る。
でも、彼の思考はソレを受け入れていた。
嫌だとも思わない。そもそもそう思う感情すら存在していなかった。
ゼルピュクネー03が傅くのを睥睨し、ラナは満足げに頷く。
首領は今、ようやく言霊の有用性に気付いた。
他の奴らに先手を打っておくのも手である。
何かしらの方法でクルナが叛旗を翻さないとも分からないし、他の言霊を扱う存在が現れないとも分からない。そうなる前に自身の近くに居る存在には自分の言霊以外を受け入れないようにしておかなければなるまい。
「手始めはW・Bだな。我に取っては唯一無二で本気で信頼できる部下。それとエルティア。彼女は最近我に疑惑を向けて来ているが万一の場合も抵抗されぬようにしておくべきだ。あとはバグレンジャーか。奴らの場合は隙を見せてからだな。……しまった。先程のチャンス、バグカブトを操る好機を見逃してしまっていたな。我ながら失態だ」
傅くゼルピュクネー03の頭に手を置いて菅田亜子の身体が置かれた場所へと向かう。
何かしらの状況変化でロクロムィス内に様子を見に来る輩が出ないとも限らない。
ラナを生かしたまま動かせることを見られるのはさすがにマズい。
ゼルピュクネー03はここから出ないように告げておき。
菅田亜子に入り込んでからラナの身体を元の場所に戻す。
再びロクロムィスを駆って戦線へと意識を戻したのだった。