怒るバグカブト、丸めこむ首領
バカな。
指令室の一室でモニターを見ていたゼルピュクネー01はその一言しか考えられなかった。
毒ガスで苦しみだした殺害目標が復活してしまったのである。
毒も周辺から押し出され、無毒空間が敵を覆っていた。
あれでは毒が世界を蔓延しようとも彼らを倒すに至らない。
何が起こったのか理解不能で、しかしヘスティを殺すには毒ガスでは無理だという事実だけは分かっていた。
そう結論付けると、後は行動を起こすだけである。
「ゼルピュクネー全機目標撃破に向え。タイプγ、タイプε始動」
しかし、製作所からはタイプεはまだ80%程しか完成していないと告げられる。
しかし、外装は既にできており、戦闘用モジュールが搭載されていないのと、そのプログラムを行えていないだけだ。
ならば自分がとゼルピュクネー01はタイプεの元へ向う。
タイプγに敵については任せておき、その間にタイプεを完成させるのだ。
しかし、不安はある。
元々タイプγはタイプδより先に出来ていたものだ。
ただ、そのコンセプト通りに作成できなかった失敗作のため機動されていなかっただけである。
そのコンセプトは医療。
エクファリトスの王が身体の調子を崩した際に彼を治療するための機械になる予定だった。
だが、出来たタイプγは医療用でありながらそのやり過ぎ(・・・・)な治療で検体を殺してしまったのである。
しかも最後に生命反応停止、救護活動を停止します。といってポイと検体として使われた人間を放り投げた時には、コックル・ホッパーによって破棄が指示された。
だが、ゼルピュクネー01はそれを破棄する前であった事に安堵していた。
今なら戦場に投入できるし、万一破壊されても破棄予定だったので問題にもならない。
既に起動し戦場に向ったらしいタイプγに、一人ぐらいは道連れにしてくれよとゼルピュクネー01は溜息を吐くのだった。
そして気付く、今の行動、自分は妙に人間の様だったなと。
それが安堵からくる感情の溜息だったことに、彼が気付くことはなかったが。
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その少女は、戦場に不釣り合いな格好をしていた。
村人の私服。そんな少女が一人、ロクロムィスの口から現れ、歩きだす。
その光景を見ていたバグカブトは自身から毒が抜けた瞬間立ち上がり、ロクロムィスに詰め寄った。
「レウコクロリディウムッ出てこいっ! 貴様ッ、貴様はッ! あの子に何をしたっ!!」
バグカブトは彼女の存在、そしてここにいる理由に気付いたのだ。
血走った眼でロクロムィスの外装を殴りだす。
しかし、殴った先から回復されるロクロムィスの骸にはダメージが無く、彼はひたすら無意味な攻撃を続ける。
「騒ぐなバグカブト。彼女には協力して貰っているだけだ」
「協力……? 協力だとッ!! 貴様が、そんな殊勝なタマかッ」
「現に、我らを助けてくれているだろう? それとも無理矢理連れ去ってきたと?」
「そうに決まっているッ! 貴様が無理矢理連れ去ったのだろうが!」
激昂するバグカブトは首領の言葉を聞くつもりはなかった。
むしろ聞いてしまえば丸めこまれることは分かり切っている。だから、聞いてはいけない。
自分の勘に自信を持て。奴は必ずやっている。
あの少女を無理矢理に命令を聞くように何かしらの弱みを握っているはずだ。
そう自分に言い聞かせ、ロクロムィスの内部へと侵入した。
首領を直接殴り殺してやると息巻いてのことだった。
しかし、そこで彼は思っても見ない光景を目にする。
拳を握り首領を探すバグカブトが見つけたのは、光の消えた目で虚空を見つめる、もう一人の少女だった。
ラナを見付けたバグカブトは絶句で言葉が出てこない。
「見つけてしまったか……」
「……貴様、これは……どういうことだ?」
呆然とした顔で、バグカブトは背後に出現した首領に尋ねていた。
「彼女はラナ。我が出会った時にはあの状態でな。彼女を救う術があるとクルナに伝えたのだ。協力してくれるならば助けても良いとな」
「人助け……だとでもいい張るつもりか? ふざけるな、お前がそんなことをするはずが……彼女に寄生したのだろうッ、それ以外ありえるハズが……」
「ならばなぜ、彼女は生きている? 私が寄生すれば、ほれ、このように目が飛び出るだろう?」
その言葉を鵜呑みにした訳ではなかった。
しかし、バグカブトは妙な納得感を覚えてしまう。
今まで彼女が寄生した対象は目が芋虫のように飛び出ていた。
ならば、このラナという少女は彼女に寄生されていないはずだ。
前提が、間違ってさえいなければ。
「ただ、クルナの助力を得るにはラナが回復するまでという期間があるからな。エルティアに直して貰うにしてもコックル・ホッパーを消してからが一番いいのだ。それまで、黙っておくつもりだったのだが、毒ガスを使われれば仕方あるまいよ」
信じるな。
この女の言葉を信じてはいけない。
そう思いながらも、バグカブトは納得してしまう。
「ならば、貴様はこの少女をこの戦いが終わり次第助けると、そういうのだな?」
「うむ。その後協力してくれるかどうかはその後の交渉次第というわけだ」
首領の言葉に、バグカブトは絶対だぞと言葉を残しロクロムィスから去って行った。
醜悪な笑みを浮かべる首領を背中越しに感じながら、また丸めこまれたと悔しげな顔で去ったのだった。