企む者
「石よ、浮け!」
少女の言葉に反応し、彼女の目の前に存在していた石が浮かび上がる。
少しして、石は疲れたようにひょろひょろと地面に落下していった。
それを見て、少女は笑う。そして嗤う。片手で髪を掻きあげおおよそ少女らしくない声で哂う。
「アハハハハハハハハハッ。手に入れた。手に入れた手に入れた手に入れたッ! この世界の力を手に入れたッ! なんだこれは。この簡単に出来る能力は? 無敵過ぎる能力は!?」
少女は両掌を眺めて嘲笑う。
今まで擬態していた素体からすると見劣りする少女ではあるが、素晴らしい。
次の身体として全く申し分ない。いや、むしろこの素体は凄い力を秘め過ぎている。
「ラナちゃん、何してるの?」
笑いを噛み殺している少女に声が掛かる。
その相手は、ついさっきまでラナと呼ばれる少女ともっとも仲の良かった親友とも呼べる少女。
クルナと呼ばれているが、真名は別にあるらしい。
この世界では人間を操ることのないよう、生まれた赤ん坊に長老と次の長老が真名を決め、親が真名以外の名を名付ける風習がある。
よって、長老と本人、そして次の長老となるもの以外は本名を知らずに過ごしているのだ。
となると……とラナだった者は考える。
その長老の身体を奪えば、この村を支配下に置くのも可能……いや下手に動けば逆にこの身体を使えなくされる可能性もある。
不意を打つとしても、殺すのが限界だろう。
あわよくばを考えるべきではない。
だが、ラナの真名を知る者を生かしておくこともダメだ。
家出をして王利たちに合流するにしても、真名を呼ばれれば逆戻りだ。
またぞろロクロムィスや菅田亜子の身体の様に引っぱられる可能性がある。
しかし、どうする?
このままラナを演じ続けていてもボロが出かねない。
出来る限り早いうちに自分にとって都合のいい状況になって貰いたいところだ。
偶然でそんな状況になるはずもない。ならば……
「ねぇ、ラナちゃん?」
「あっ、クルナちゃん。見て見て。石よ浮け!」
「石、浮いたけど……それがどうしたの?」
「この石さん、凄くがんばって長い時間浮いてくれるんだよ」
「……んー。皆一緒くらいだと思うけど?」
「じゃあ勝負しよう。クルナちゃんが選んだ石よりこの石さんずっとがんばってくれるもん」
「むっ。言ったなラナちゃん。なら証明して見せてあげる。全部の石が同じ時間浮いてるってことを!」
子供同士の会話は面倒臭い。
そう思いながら、ラナを操る者、インセクトワールド社の首領はニヤリとほくそ笑む。
長老の顔は覚えた。後はどう接触するかだが、その方法も既に把握している。
後は……
手に入れた力を自由に動かすために、【悪】がついに動き出した。
だが、悪を止める正義の味方は存在しない。
他の村には存在するが、この村には、彼女を止める者は誰一人、そして存在を知る者すら誰一人として存在していなかったのだから。
夜。ラナはクルナと共にバスケット片手にある家を訪ねていた。
本日も、いつものように差し入れである。
長老の孫娘の一人であるクルナが母親が作った夜食を長老に届けるのだ。
孫娘たちの持ち回りで行われているのだが、今回はクルナの番だった。
だが、それを事前にラナの記憶から知っていた首領は、クルナに付いて長老の家に上がり込むことにしたのである。
「ラナちゃんと一緒におじいちゃんのとこ行くの初めてだね」
「そういえばそうだね。でも、一緒に行くの、今日を逃すと一か月くらい先になるでしょ?」
「ほんとにね。でも嬉しいな。ラナちゃん。これからも一緒に行かない? 二人で行く方が楽しいよね」
「うん。そうだねまた……行けるといいね」
そんな日は一生来ないがな。と心の中で付け加える首領。
しばらく子供らしい話をしながら二人は楽しげに歩く。
やがて辿り着いた石造りの家に入り、食事を待っていた長老の元へ。
どうやら老衰が近いのか、寝たきりになっている。
白髪に白髭の聖人を思わせる老人と、彼が死んだ後、長老になる50代の男が家の中にいた。
家といっても枯れ草でできた簡易のベットと中央に火が熾されている以外は地面である。
どうみても竪穴式住居。
「おや? 今日はクルナじゃなかったか? なぜラナまで一緒にいるんだい?」
「えへへ。今日は二人で来たんだよ。おじいちゃん最近寝たきりだから心配したの」
「おやおや。それは父さんも喜ぶよ」
バスケットに入っていたのは果物が多い。
その中から桃の様な物を取り出し、迷うことなく齧りつく次期長老。
一瞬後、彼は何故かぐっ。と呻きを上げた。
何が起こったか分からずクルナとラナに視線を向ける。
苦しくなってきたのか呼吸が荒い。
「こ、これ……な、ぜ……」
その言葉にならない言葉が、彼の最後だった。
青い顔で泡を吹きながら、彼は絶命した。
倒れ伏した彼の手から、一口だけ齧られた果実が零れて転がった。
意味が分からなくてクルナは呆然としていた。
そしてクルナのすぐ後ろで、醜悪な笑みを湛えるラナに、誰も気付く者はいなかった。