魔王四天王、氷獣フィルメリオン・前篇
王利がそこに辿りついた時には、すでにバグパピヨンが引き揚げ、王利の元へ歩いてくるところだった。
肩慣らしにもならなかったらしく、バグパピヨンは鼻歌交じりに戻ってきた。
「一網打尽かよ、えげつねぇな」
まさにバグパピヨン無双状態。
あんなのがまだ四人も居るのだ。そりゃあバグレンジャー強いわ。と一人納得する王利だった。
「毒が効かない奴が数匹いたけど、とりあえず全滅させといたわよ」
「でも、襲われてんのはエルフだけじゃないんだろ、どうする葉奈さん」
「……そっか。じゃあちょっと手伝ってくる」
どうやらそこまで深くは考えていなかったらしい。エルティアの話じゃ最悪でもドワーフ、ダークエルフ、ピスキーとやらの集落があるらしい。
つまり四つの場所に同時進行されているはずなのだ。
「ついでに協力取り次いどいてくれよ」
「おっけー」
王利に手を振りながら、バグパピヨンが再び空に舞う。新たな魔王軍目掛けて羽ばたいて行った。
全く疲れた様子はない様で、むしろ王利の声で気合いが入ったように嬉しそうに飛んで行ってしまった。
「凄いね……一人で壊滅させたんだ……」
凄惨な戦場を見回し、エルティアは戦慄する。
目の前には未だ見渡す限りに魔物の群れが見えるが、これが全て屍なのだ。平原を覆い尽くすそれは、もはや圧巻としか言えなかった。いや、地獄絵図か?
合流したエルフ軍も、その光景には脱帽するしかなかった。
「あれが……勇者様なのですか、エルティア様」
「いいえ、あれが黒き御使い。そして共に舞い降りたのが勇者様、つまり……」
と、エルティアは王利を見る。
「いや、俺は違うって」
しかし、いくら王利がそう言ったところで、エルティアもエルフ兵も謙遜としか見てくれなかった。
しかもバグパピヨンの強さを見せつけられたのだ。彼女よりも強いのだと誤解されている。
「とりあえず、魔王軍は全滅したようだし、王様に報告して……」
「よくも、やってくれたな」
不意に、声が聞こえた。
全員、声の方を振り向き警戒を強める。
魔物の死骸を掻き分けるように、一際大きな魔物がやってくる。
魔物が近づくと、周囲の骸が急激に凍る。
凍ったそれらを踏み砕き、魔物は王利たちの前へと現れた。
その姿に、思わず恐怖が沸き起こった。
巨大なライオンを氷漬けにしたような顔立ち。
氷で出来たたてがみに、氷でできた体躯、氷で出来た尻尾。
山のような巨躯が歩くごとに軋みを上げる。
氷れる身体からは蒸気が立ち昇り、氷の彫像が意思を持ち動いていた。
「あれは……フィルメリオンッ!?」
「なんだそれ?」
「魔王四天王の一人です」
四天王とか、何処のゲームだよ。と、心の中でツッコミを入れ、王利は氷れる化け物を見た。
おそらく、冷たすぎるフィルメリオンには毒が届く前に凍り付き意味をなさなかったのだろう。いや、むしろ単に耐性があっただけかもしれない。
葉奈が居れば楽に戦えただろう。例え毒が効かずとも、彼女の戦闘力はチートの粋である。改造人間たちですら敗北しまくっているのだから。
しかし、ここに居るのはエルフ兵団と自分だけ。
四天王というからには強力な魔物のハズ。エルフ軍が勝てるとは思えない。
それを証明するように、フィルメリオンは大口を開く。一瞬の溜めを経て、青白い息が吐きだされる。
ただの息ではない。まさに巨大獣から放たれる破壊光線。しかも瞬時に凍る特殊異常までついていた。
さらには近寄るだけで凍るほどの冷たい身体。エルフたちにとっては破滅の使者でしかあるまい。
周囲の凍った魔物を破砕しながら近づいてくるフィルメリオンは、まさにゲームのボスキャラを彷彿とさせる怪物だ。
間違いなく強力な敵だろう。
「エルティア、アレ喰らって生き残れるか?」
「む、無理、絶対無理」
エルフたちは全員青い顔をしていた。
魔法が使えようと、あれほどのブレス攻撃に耐えることはできないようだ。
「やるしか……ないか」
自分が、変身するしか戦えない。
とはいえ自分が勝てるとは思えない。何しろ攻撃特化の能力は全く付加されていないのだから。
「とりあえず、あの氷、温度はどれくらいだ? 絶対零度は超えたりするのか?」
「絶対零度?」
確認のために聞いた質問は、理解されなかった。
どうやら温度に関することは知らないらしい。
どうしたものかと思ったが、冷静に考えると瞬間的な氷結でも絶対零度以下にはまずならないのが元の世界の理だったはずだ。それがそのまま通用するのなら、王利にとっては有利に働くものだった。
ある種、賭けである。改造を施した科学者たちに祈る。
頼む、バカであってくれ。と。
そう結論付けた王利はエルフたちに向き直る。
「武器をくれ」
「え?」
「相手を倒す武器がいる」
エルフ兵たちは互いに顔を見合わせる。
「すまないが、我々エルフは魔法戦を得意としている。故に武器は不要なのだ。弓ならあるが、弓は使えるか?」
代表して答えた兵士長の言葉に王利は泣きたくなった。
当然ながら弓など触った事もない。
むしろ矢があの氷塊のどこに突き立つというのか。
「アレに素手で挑めと? 俺に腕力はないぞ」
どんな場所でも生存を。
そのコンセプトで改造された王利には、対照的に攻撃力はほぼ皆無。
通常の人間で換算すれば、プロボクサーの中の中といったところ。
目前の化け物相手に対等に戦える程ではなかった。
「兵士長さん、魔法剣は使えない?」
少し考え、エルティアが小さく呟く。
「使えますが、二分程度ですよ?」
魔法剣という言葉はちょっと気になる。
魔法で出来た剣、むしろ使ってみたい。
「この際それでもいい。手渡しか?」
「いいえ。対象の相手の手に出現させます」
「魔法付加の有効範囲は?」
「ここからなら、魔物たちの死骸が途切れている当りですね」
王利は考える。そのくらいならば十分戦えるのではないかと。
「よし、切れそうになったら何度も唱えてくれ。俺がやる」
「わかりました」
兵士長が魔法を唱えだす。
それを確認し、王利はフィルメリオン目掛け走り出す。
「いいか、俺が凍ったら迷わず逃げろ。凍った時点で俺には勝てない敵だったってことだからな」
今思えば、これはある意味初めての戦闘だ。
そして、その怪人へ、変身するのも……
一応、スペック確認は改造段階で脳内にインプットされているものの、データと実戦ではかなり違う。おそらく大丈夫だとは思うが自信はない。
それでも、葉奈があれほど活躍したのに、自分だけ何もしないのはなんとも締りが悪いのだ。
射程範囲に近づいた。
それに気づいたフィルメリオンが大きく息を吸い込んだ。
「大丈夫、絶対大丈夫ッ!!」
兵士長の詠唱が途切れ、範囲内だった王利の右手が淡く光を放つ。
少し遅れ、強烈なアイスブレスが放たれたその瞬間、
「flexiоn!」
王利はインセクトワールド社特有のキーワードを口にしながら、凍える吐息に突撃した。