首領はいずこ?
一週間が経った。
まだ首領は帰ってきていない。
果たしてまだ生きているのか、誰かに寄生して生存しているのか、それとも何かの生物に踏みつぶされて死んでしまったのか、それすらも分からない。
今、何処で何をしているのか、王利たちは石で出来た家で生活しながら本日も首領の帰りを待っていた。
飛行できるバグパピヨン、バグリベルレ、ベルゼビュート・ハンマーシャーク、マンティス・サンダーバード、ヘスティなどが空から捜索してはいるが、目が飛び出た様な奇怪な生物は未だに見つかっていない。
「しかし、随分慣れたな、一週間も生活していると」
バグカブトが肩を鳴らしながら水を汲んでいる。
一緒に水汲みをしていた王利は、かけられた声にそうだな。と返した。
急に声を掛けられたせいで少し戸惑ったが、別段バグカブトから何かアプローチの様なものは無い。ただの世間話らしい。
それからしばらく、一言で造られた桶らしい物体に水を汲んで行く。
この桶はあの男が少し鋭い石を木に投げて一言「桶を造れ」と命令しただけで勝手に造られた木製の桶だ。
全く継ぎ目なく造られた円筒形の桶は取っ手まで付いている優れモノ。
これを王利が変身状態で両手に四つと背中の触手に掛けて六つ。
バグカブトが両手に八つと角に二つの計二十に水を汲んで家まで帰るのである。
この水の中には微生物が存在するので普通に飲めば腹痛確定ではあるのだが、そこはこの世界クオリティ。
「水だけ甕に入れ」と一言告げるだけで飲める水へと変化する。
もはやこの世界の常識に馴れざるをえなかった王利たちはその光景を見て何も言えなかった。
ちなみに、この村を案内してくれた男。仮の名をオドゥというらしい。
仮の名を名乗っているのは、真名を誰かに教えてしまうと、自分が操作されてしまうかららしい。
例えば王利なら、森本王利、死ね。と言われるだけで即死させられると言う事を意味する。
正直ここでは名前を教えるべきじゃないと言う事は理解した。
だが、彼らは知らなかった。
インセクトワールド社の首領という存在は、生粋の悪であると言う事実を、そして、身一つになった彼女が取るだろう行動の恐ろしさを。
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話は一週間前に遡る。
首領はその時、ふと思いついたようにロクロムィスで潜行し、別の集落を訪れていた。
単純に、この世界では一つの村と村の間隔がどれくらいなのかという興味からだった。
隣村に着き、生活状況を調べていた首領が戻ろうとロクロムィスの骸の場所へと帰って来た時だった。
土が不自然にロクロムィスの身体にせり上がり、ロクロムィスの身体を地中へと埋めて行ったのである。
さすがに焦った。なにせ彼女にとっては車に等しい存在だったのだ。
そのロクロムィスがなぜか消え去った。
驚いていると、今度は自分の身体までが土に埋まって行く。
慌てた首領は即座に脱出を試みた。
結果、レウコクロリディウム女は外皮を全て剥ぎ取られ、見知らぬ土地に置き去りにされたのである。
本来、彼女に移動手段はない。這い進むくらいはできるが、土が相手では尺取り虫にすら劣る速度である。
下手をすればそのまま見知らぬ誰かに踏みつぶされかねない。
まさかの身の危機に彼女は思わず恐れ慄く。
今まではどれ程の危機でも外皮があった。
今回はそれすらない。
ヤバくなったら適当に噛みついて体内から体内への移動すら出来ない。
虫の幼虫と殆ど変らない存在が一匹、地面を這っている状態だ。
首領は必死に動く。とにかくまずは踏みつぶされないこと、そして落ちた果実でもあればそこで獲物を待てばいい。
果実を喰らいに来た生物に寄生してしまえば、そう、初めの外皮さえ手に入れれば後はどうにでも出来る。
今は外皮を手に入れるのだけが最優先事項。
しかし、彼女に危機が迫っていることを彼女は知らない。
それは誰にも知られることのない小さ過ぎた生物の業とでもいうべきか。
「岩、ここに家造って」
誰かの声が聞こえた気がした。
その声に反応し、無数の岩が浮かび上がる。
そして、首領の存在する場所へと集まり始めていた。
首領は必死に逃げる。
しかしその速度はカタツムリより遅い。
殆ど動いているようにすら見えない。
そんな彼女の頭上から、無数の岩が降り注ぐ。
新たな家が創りだされた。
子を成した女性が住む住処として新たに造られた産屋である。
そこに、一人の女性が入る。
別に彼女に罪は無い。ただ家を造っただけだ。
その下にどのような下等生命が存在した所で、彼女の感知するところではない。
しかし、首領にとってはそれは悲劇だ。
見も知れぬ誰かの一声で、岩に押し潰されるのだから……




