マザーの亡骸
そこを初めて目にした時、彼らは一様に廃墟という言葉を思い浮かべた。
それほどまでに、大破した施設が目の前に広がっていた。
今でも施設に無数のロボが群がり、施設を破壊、いや、もはやそれは解体と言っても良かった。
王利たちが近づいても、彼らは命令優先の為だろう、振り向きもしなければ視界に収まっても無視である。
その為、当初こそ警戒していた王利たちは、戸惑いながらも施設内へと足を踏み入れた。
とはいえ、頭上にあるはずの天井は全て剥がれ落ちているため、遊園地あたりで見かける迷路アトラクションのような天井の無い壁に囲まれた施設となっており、ところどころ壁も壊されているのでハルモネイアを持ってしてもマザーへの道は果てしなく遠い。
むしろ、瓦礫の先に向える通路があったりするため、いちいち破壊して進まなければならず、自分たちが周囲のロボたちと解体作業を行っている感覚に陥ってくる。
床が抜けていないのがせめてもの救いである。
しばらく解体作業を手伝いながら歩いていくと、ようやくマザーという名のプログラムが入れられた支柱を発見した。
といっても、すでに破壊されつくして横倒しになっていたが。
さらにはマザーのプログラムが入っていたらしいメモリが粉々に破壊されていた。
ここからの蘇生は不可能に近い。
何とか無事な個所はないかとハルモネイアに調べて貰うが、無事なところがないと言われた。
支柱の方もロボが今も解体を行っており、時間経過と共に凄い速度でマザーの痕跡が消えている。
これではマザー復活は絶望的で、さらに言えばエクファリトスの王に関するものも見当たらない。
完全な無駄足である。
「ふむ。これ程破壊されているとはな。痕跡もなしか」
「奴はゴキブリと蝗の掛け合わせだからな。ゴキブリの狡猾さと蝗の凶暴さを併せ持っている。奴が暴れた場所には草木一本残らないとさえ言われるほどだ」
「破壊された痕跡が残っているだけでも恩の字だな。ん? なんだこれは」
ベルゼビュート・ハンマーシャークが気付いたのは、崩れた塔のような支柱に出来た人型の穴だった。
油分がべったりと付いた内部に顔を顰める。
「この油……なんデショウ?」
「成分分析いたしまる……生物性の油でる。ゴキブリの背にある油と同成分と判明しまる」
「ということは、すくなくとも、この人型にあいつが入ったってことか」
「この設備は人間の知識を転写する目的でマザーが作成したものでる。おそらく、この設備で感情を解析したと思われまる」
「その代わりに自分が殺されたわけか。愚かしいにも程があるな」
首領の言葉にエルティアが頷く。
その横からやって来たエスカンダリオはその油を見て顔を顰めた。
「この油の持ち主を探せばよいのか?」
「出来るのか?」
「造作もない。我は風の精霊だぞ? 匂いを探せばすぐにわかろう」
地味に活躍するエスカンダリオ。
まさかの活躍に首領が目をみょいんみょいんと動かし悦ぶ。ロクロムィスの顔なのでちょっと怖い。
というか、今は直接動かしてるのか。と王利はどうでもいいことに気付いた。
「しばし待て。調べてくる」
と言ってエスカンダリオは空中へと舞い上がって行く。
と、同時に、空の彼方からやってくる数体のハルモネイア。
じゃなかった量産型ハルモネイア。
どうやら部隊を分けて各地を調べているらしい。
彼女等はヘスティを探索していた様だが、突然吹き荒れた風に煽られ無様に墜落を始めた。
王利たちが焦るなか、五体の量産型ハルモネイアが目の前に落下して来る。
ゴシャァと人間なら間違いなく死んでいる音を響かせ床に激突した量産型ハルモネイア達。
床に凹みを作りながらも不気味に立ち上がった。
「LR320092。量産型ハルモネイア013982号機より各機へ。目標を発見しまる……?」
通信を行っているのだろう。ヘスティ発見を伝えようとする量産機だったが、何故か首を捻る。
そしてもう一度繰り返した。
「LR320092。量産型ハルモネイア013982号機より各機へ。目標を発見しまる……通信機器に障害が発生しました。至急修理を要求しまる。チームΨ各機へ、通信機器が無事な者は別チームへ援護要請をしてくださる」
「LR320092。量産型ハルモネイア013983号機、同じく通信機器に障害が出たと報告しまる」
「LR320092。量産型ハルモネイア013984号機、同じく通信機器に障害が出たと報告しまる。同時に腕部の破損を確認」
「LR320092。量産型ハルモネイア013985号機、同じく通信機器に障害が出たと報告しまる。同時に頭部関節に損傷を確認」
「LR320092。量産型ハルモネイア013986号機、同じく通信機器に障害が出たと報告しまる。同時に動力系統に損傷を確認」
012982号機の言葉に各員言葉を返すが、全員の通信機器に障害が発生していた。
王利たちには幸運だったが、彼女らは気にせず王利たちに視線を向ける。
そのうちの一人は首があらぬ方向を向いており、またある一人は右腕が折れ、火花が散っていた。
折れた首をベキリと戻し、013985号機がレーザーソードを展開。
腕の折れた013984号機は左腕を銃口に変更し王利たちに向けた。