風の邪精霊異世界へ
「ここが、異世界か……」
エスカンダリオは初めて世界を飛び越えた感覚に驚きを浮かべつつも、周囲の光景に感嘆を洩らす。
どうやら敵対生命が居ない場所に運良く転移できたようで、周囲に人影、もとい機影は見当たらない。
近くには海もあり、もしもすぐに発見されても水中でならなんとか出来そうな気がする。
首領もロクロムィスの亡骸を奪い取り、自身の身体はロクロムィスの中で二重乗っ取りを行っているらしい。
動かしにくいそうだが、下手に今の身体を長時間抜け出してしまうと、心臓が止まり直ちに死体として腐乱して行くそうだ。
なので幼女体に寄生したままロクロムィスに寄生するという新技にチャレンジ中らしい。
しかもそれなりに上手く行っているところがまた首領というべきだろう。
二重寄生を行っているためか、あの芋虫みたいな目がロクロムィスから飛び出す事はなかった。
これは見た目的にも普通に見える。
あの幼女体を操る時も、それより小さな身体に入ってからにすればもっと見栄えも良くなるだろうに。
と思ったけれど、王利は口を噤んでおいた。
それを行うということは、幼女体の体内に別の寄生された生物が入り込むということである。
軽くホラーだ。今でもホラーではあるけれど。
ロクロムィスの死体だが、どうやら土で出来ているため腐る事はないらしい。
便利な乗り物を手に入れた様な感じだ。
どれ程放置してもいつでも乗っ取れるというのなら、首領にとってもさらなる力となるだろう。
ヤバい敵が現れればその時だけ直接ロクロムィスを乗っ取ればいいらしいし。
巨大な鎧を着込んだモノと思えばいいという首領の言葉に、他の面々が戦慄しているのを見ながら、王利はエスカンダリオを見る。
エスカンダリオも彼の視線に気付き、視線を向けて来た。
「さすがは勇者か。まさか別の世界というものをこの目で見ることになろうとはな」
「いや、まぁ俺がこの力手に入れたのは偶然だけどな。それより、本当に良かったのか、俺達と一緒に来ちまって」
「ふん。未だ理解出来んが我は契約したらしいからな。いつの間にあんな返事をしたのか分からんが、返事を行った以上はそれなりに手伝ってやる。魔王様を越える大魔王を自称したあの女を見極めるまではな」
そう、首領は魔王を倒した勇者は私の部下。つまり勇者を降す者。我こそが大魔王だ。ならば魔王に組するお前が我が元に来ないというのはおかしいではないか?
とか良く分からないことを言っていた。
屁理屈というかなんというか。首領……まさに唯我独尊ですね。とそれを聞いた王利はエルティアと見合って溜息を吐いた。
「それで、これからどうするインセクトワールド?」
首領の入ったロクロムィスを見上げ、ベルゼビュート・ハンマーシャークが次の行動を決めようと告げる。
戦力は手に入ったが、相手の居場所が分からないことにはやはり行動が取れない。
「ふむ。ハルモネイアよ。マザーがもともと設置されていた場所は分かるか?」
「はい。マザーの居場所はわかりまる。でも、すでにマザーは破壊されておりまる」
「うむ。奴が動いていることも考えられるが、現状奴が居そうな場所はマザーのいた場所だろう。そこで玉座でも作っているならばよし、別の場所に移動していたとしても痕跡くらいは見つかるだろう。どうせ敵に見つかるのは時間の問題。ヤバくなれば異世界転移を持つ我々が有利だ。最悪エルフたち混成軍をこちらに転移させ異世界大戦争を引き起こすのもアリだしな」
さすがにそれは双方の世界に禍根を残すだろうから頼まれてもやらない。と誓う王利だった。
横からエルティアが冗談ですよね? と懇願する様な目を向けてくるので、冗談だよ冗談とアイコンタクトを成立させる。
「ではハルモネイア、マザーの設置場所に向うぞ。案内しろ」
「了解でる。王利、褒美」
命令を聞くごとに、ハルモネイアは王利に撫でられるつもりらしい。
王利はため息を吐きながらもハルモネイアの頭を撫でてやる。
しかし、何度撫でようが飽きないもので、ハルモネイアは嬉しそうに撫でられていた。
「ふむ。W・Bよ。我の頭も撫でてみるか?」
何を血迷ったか首領がちょっと期待感を込めて聞いて来た。
ちなみに、未だロクロムィスの状態である。
王利としても岩蛙の頭など撫でたくもない。
というか、岩を愛でる趣味などない。
丁重に断りを入れていると、ようやく満足したハルモネイアが歩きだす。
どうやらここからは近いらしい。
徒歩で向えるならと、全員少し休息を取ってからマザーの立っていたとされる場所へ向うのだった。
エスカンダリオが増えただけで随分と勇み足な気もするが、首領が行くと言っている以上、王利は安心しながら向える。
首領が勝算の無い行動などするはずが無いという信頼の証だった。