詐欺商法にあった風の邪精霊
エスカンダリオは戸惑っていた。
本来ならば、倒すべき敵であるはずの首領と言う名の少女。
そいつが魔王を倒したと言ってきたから、ではない。
生きて自分が救出された時点で薄々は気付いていた。
自分はずっと土の中で誰かが発見するまで封印されたままなのだろうかと自問自答していたのは何日前だったか。考えるのを止めた途端に救出され、救出した相手が自分を封印した相手なのだ。
順当に考え、自分への対抗策を講じて満を持しての殲滅戦だろうと滅ぶ覚悟すらした。
魔王が居ない今、自分の存在価値がないからだ。それならばいっそ滅ぼされてしまった方がいい。
もともと自分は魔王に見出されて魔王軍に入った存在、魔王が居ない世界を生きる意味が無い。
半ば捨て鉢だったせいだろうか?
とにかく、相手を挑発しながら自分をどうやって殺す気かと探っていたエスカンダリオは、気が付けば彼女の部下となることを了承させられていた。
初めは、魔王の代わりに自分が魔王となり魔族を率いて人間を滅ぼす。と、自分を生かしておいても意味はないぞと挑発していたのだが、首領は魔王が弱い、我が社の怪人には敵わない。としきりに挑発をし返してきた。
その時、なぜ自分は首領に攻撃を加えなかったのだろうか?
エスカンダリオは自問するが、答えは出ない。
まるで、その時はそんな考えすら握りつぶされていたかのように、全く考えに浮かばなかったのだ。
ただただ、相手の言葉にムキになって言葉で返していた。
しかし、そのうち自分でも魔王は負けるべくして負けたのだと理解し始め、何故かこいつらには敵わないと戦う事を諦め始めた。
そんな時である。
首領は急に言葉を変えた。
……だが、お前には辛酸を舐めさせられそうになったな。
と諭すように言ってきたのだ。
今までさんざん扱き下ろしたくせに、態度を一変させられ、エスカンダリオは軽い混乱に陥った。
言葉に反応するより早く、首領はエスカンダリオに歩み寄り、触れるか触れないかの位置で呟いてくる。
「魔王を倒すにはお前が一番危険だったから封印したのだ。物理攻撃の効かない存在。私はお前を買っているぞ」
初めは、何を言われているのか分からなかった。
だが、折れたプライド、粉砕された気力に、すっと脳裏に入ってくる声音。
魔王より強いんじゃないか? そう悲観することはない。お前の強さは私が認めている。
なぜだろうか。
その時のエスカンダリオは、自分を拾い上げてくれる女神が現れたのでは? と一瞬だが確かに首領への忠誠が芽生えかけた。
しかし、慌てて打ち消す。この女は敵だと自身に言い聞かせ、落ちる精神をなんとか修復する。
だが、それは既に遅かった。
首領の言葉を否定しようとするエスカンダリオだったが、自分を良く言う相手の言葉が否定しきれない。
自分を必要としているのなら、この女に付いていくのもいいのでは? とすら思えてくるのである。
いつしかエスカンダリオはインセクトワールドに入社するかしないか、ではなく、入社するならばどういう条件じゃなければ嫌だ。という入社前提の問答に替わっていたのである。
それに気付いた時には、「ふん。そこまで言うならばその条件でいいだろう」と横柄な態度で頷いた後だった。
次第に冷静になって行く毎に自分が何を宣言したのか理解して顔を青くするエスカンダリオ。
その表情は完全に詐欺商法に引っかかったことに気付いた顔だった。
しかし、実質自分で宣言してしまったため、騙したなっ。等と言えるはずもなく……しばらくして諦めたように見えない肩を落とした。
溜息を吐いた彼に、ベルゼビュート・ハンマーシャークとマンティス・サンダーバード、そして王利が近づく。
なんだ? と思っていると、エスカンダリオの顔がある虚空に手を伸ばし、肩を叩く様なしぐさで同情されてしまった。
その瞬間、なぜか、ああ、同類なんだ……と胸が熱くなるエスカンダリオだった。
「魔王四天王を……説得してしまうなんて……」
「ふっ。この程度、昔取った杵柄と言うヤツだ。交渉くらいは出来ねば首領など務まらんぞ? そのうちエルティアにもやって貰おうと思っているからな。今の内に手法を研鑚しておけ」
「ええっ!?」
無茶振りもいいところな首領の言葉に、エルティアが半泣きで驚く。
しかし首領はエルティアを放置してエスカンダリオたちの元へ向ってしまった。
後に残されたエルティアは思わずヘスティに助けを求める。
視線を逸らされた。
仕方なくハルモネイアに最後の希望を託す。
そんなハルモネイアは……
「交渉術、インプット完了しまる」
首領の交渉を脳内に焼き付け、自分の物にしようと既に動きだしていた。
地味に副首領の座が危機だった。
きっと役に立つと自身に言い聞かせ、仕方なく脳内復習を開始するエルティアだった。