魔王軍進軍開始
いきなり現れた珍客の声に、周囲に居た大臣たちが視線を向けてくる。
さすがに驚いた国王も、飛びあがってこちらを確認してきた。
異様に若い男だった。
いや、むしろ子供といってもいいかもしれない。
歳の頃十歳未満のその少年王は、
「な、何だ貴様らッ!? って、エルティア!? そんなところに居たのかっ!?」
「お父様、お願いがあります」
「うえっ、この子お父様!?」
王利は葉奈の言葉でふと気付いた。
エルティアはエルフ。つまり、その父親である王もエルフなのである。
ならば、見かけなど歳とは全く関係ないのではないか。
昔からよく聞いたエルフとは、美形、年取らない、高慢の三種が揃っていると相場が決まっているのだ。
どうやらその伝承はこの世界でも通用するらしい。
「エルティア、なんだこの無礼者はっ」
「予言の、勇者様です、お父様」
エルティアのとんでも発言に葉奈が何かを言おうとするが、王利が手で制して黙らせていた。
今は、エルティアに任せた方が国王を説得しやすいと思ったからだ。
予言の勇者と勘違いされるのは癪ではあるが、この際それが一番軍を動かしてくれやすいだろう。
「予言の勇者……だと? このような者がか?」
胡散臭そうに王利たちを見る国王が、エルティアに振り向いた瞬間だった。
「こ、国王陛下ッ!」
慌てた様子で広間に飛び込んできた一人の兵士。
急を要する事態に、国王はそちらに意識を向ける。
「今は取り込み中だ。ただの用事ならば手討ちにするぞ」
「魔王、魔王軍がッ、せめ、攻めて……」
と、言いたいことが言えないと口をつぐみ、少し自分を落ち着ける。
兵士は生唾を飲み込むと、ゆっくりと、かすれた声を吐きだした。
窮地にしては良くできた兵士だと、王利は人知れず感心する。
「失礼しました。魔王軍が、各国に侵攻を始めました」
「……な、なんだとっ!?」
いきなり衝撃の発言だった。
今まさにこちらから奇襲を考えていた王利たちにとっても寝耳に水だ。
「魔王の降伏勧告は我々の油断を誘う口上です。奴ら、初めから殲滅させる気だったんですッ」
国王の顔が苦渋に歪む。
まさか向こうが侵攻してくるとは露ほど思っていなかったのだ。
「王利君」
話を聞いていた葉奈は同意を得るような視線を王利に向ける。
言いたいことを察してしまった王利は肩を竦めてみせた。
「では国王様、あたしたちで魔王軍を喰いとめてみようかと思います」
「なんだと?」
「相手がどれほどかは分かりませんが、お任せ下さい」
葉奈はそれだけ言うと、息を整え沙汰を待つ兵士に聞いた。
「敵の先遣隊はどこに居るの? 案内してくれる?」
「貴様一人行ったところで何とかなると思うのか?」
国王の苛ついた声に、葉奈は笑顔で返す。
「正義の味方ですから」
「行こ、王利君」と、葉奈が正門向けて走りだす。
王利も慌てて後と思うと、その横をエルティアが走ってきた。
「なんだ? 王女様まで来る気か?」
「言いだしっぺだもの。あなた達が死なない程度の手助けはするわ。エルフ兵が攻撃しないように言わなきゃだし」
「いいのか、親父さん喚いてるぞ?」
国王陛下はエルティアを追おうとして玉座前の段差で蹴躓き、周囲の兵士に助け起こされながら「行くなエルティアァッ」とか叫んでいた。
ちょっと哀愁をそそる。
「そこの兵士、付いてきなさい」
報告に来た兵士に一声かけて、エルティアが謁見の間を後にする。
兵士が戸惑いながらも追ってくるのを確認し、王利は眼前を走る葉奈を見た。
彼女の目は既にまだ見ぬ魔王軍へと向かっていて、まるで戦闘を心待ちにしているようにすら思えた。
心なし、走り方も弾んでいるように見える。
やはり正義の味方としての本性が心躍るのだろう。
階段を駆け下り、広間を抜け、外へ。
そのまま架け橋を越えると、ようやく立ち止まった。
「それで、どっち行けば居るの?」
遅れてやってきた王利たちが追いつくのを待って、最後にやってきた兵士に聞く。
「はっ。こちらです」
今度は兵士を先頭にして町の外にある門へ。
門を抜けた瞬間、すぐにわかった。
遠く、草原の彼方に見える黒い塊。
大地を、空を黒に染め上げるその影こそが、魔王が率いる軍隊であると。
「あんなに近くにッ!?」
「我が軍があそこで留めていますが、それもいつまでもつか……」
「王利君、どんな作戦がいいと思う?」
「あれだけ数が多いとさすがに二人じゃ何とも言えないな。それこそ葉奈さ
んの毒兵器で一掃した方が速そうだ」
「やっぱり……そうなるか」
葉奈は少し陰った顔を見せ、しかしすぐに決意に変える。
「エルティアさん、兵士たちに撤退するよう指示だして」
葉奈は片手をグッと握ると魔王軍へ向け走り出す。
「wechsel!」
変身の言葉で光に包まれる身体で大地を蹴りあげ、バグパピヨンと化した彼女は大空へと羽ばたいた。
「な、なんだアレは……」
「あなた、撤退の合図をお願い」
驚く兵士に、エルティアが声を掛ける。
「し、しかし、今、独断で撤退させるのは……」
「無意味な犠牲を出したくないだろ、さっさと撤退させた方がいい」
王利の言葉とエルティアの無言の圧力に、兵士はため息を吐いて魔法を唱える。
両手に集まった光を真上に放り投げると、光は空高く舞い上がり、大きな音をたて弾け飛んだ。