狙われるヘスティ
その怪人は、堅いクチクラに覆われていた。
頭部1環節と胴体4環節の黒い怪人。
歩脚は丸く突き出て関節がなく、先端に4~10本の爪がある。
この手には粘着性の吸盤状組織が備わっていた。
クチクラの背中には蠢く六つの触手。別に自在に動かせる訳ではないが、風に逆らうようにたゆたっている。
怪人、クマムシ男の出現だった。
これを見たマンティス・サンダーバードとベルゼビュート・ハンマーシャークは驚きの声を上げる。
彼らとW・Bはこれが初対面である。
もしもコックル・ホッパーがこの場に居れば、下手に戦うなと告げていただろう。しかし、ここに彼はいなかった。
いきなりの変身に驚きはしたものの、すぐに戦闘態勢を取る。
相手は一人。ヘスティもまだ変身していないし、王利の背後には首領とエルティアがいた。
三人を護りながらたった一人で戦う。
そんなハンデを背負った敵に、ベルゼビュート・ハンマーシャークは楽勝だな。と判断していた。
マンティス・サンダーバードに先んじて、ベルゼビュート・ハンマーシャークが飛びかかる。
まさに鮫の突進に、しかし王利は真正面から頭突きで答えた。
おおよそ体当たりには似合わない衝撃音が響く。
まるでダンプカーにぶつかったような衝撃音。二人の頭はくっついたまま静止する。
そして、ゆっくりとベルゼビュート・ハンマーシャークが崩れ落ちた。
頭を抱えるようにしてその場をのた打ち回る。
真空から75000気圧の高圧まで耐えるクマムシ男の鋼鉄の頭を割り砕く事は、ハンマーシャークの体当たりを強化した彼にも無理だったようだ。
さすがにこの結果は予想外だったらしく、飛びかかろうとしていたマンティス・サンダーバードが二の足を踏む。
しかし、次の瞬間には遠距離からの攻撃に移っていた。
「斬り裂け、シザーズカッター」
雷撃を纏った真空波が王利へと放たれる。
さすがに雷撃に関しては王利の身体が耐えきれるかは自信がない。
慌てて回避しようとするが、背後に首領たちがいる事を思い出した王利は防御に切り替えた。
「反射の盾」
しかし、王利の覚悟は未遂に終わった。
エルティアの魔法が完成し、迫りくる雷撃の鎌を弾き返したのである。
まさか自分の放った攻撃が返ってくると予想していなかったマンティス・サンダーバード。慌ててその場を飛び退く。
雷撃の鎌はドアに激突し、ドアの開閉装置を破壊して消え去った。
「むぅっ。既に破壊されているドアが開閉不可能になったぞ」
「どうでもいいデス」
本当にどうでもいい首領の呟きにヘスティが呟き返し、自身も戦闘に参加するべく変身のキーワードを口にした。
「изменение!」
光が溢れヘスティを包み込む。その頃にはようやく起き上がるベルゼビュート・ハンマーシャークがふらふらとよろめきながらマンティス・サンダーバードの横へと近づいていた。
「生きてたか。死んでいたなら喰らっている所だぞ」
「抜かせ。まだ貴様に喰われる気などない。それよりマンティス、奴は想像以上に堅い。下手に戦うのは危険だぞ」
「なるほど。ではヘスティをお前に任せよう。奴の牽制は任せろ」
マンティス・サンダーバードは両手の鎌を振り上げ威嚇しながらじりじりと王利との距離を縮め始めた。
その背後で、ベルゼビュート・ハンマーシャークが飛び上がる。
蠅を思わせる不規則な動きと高速で振動する羽から発する不快音。
一瞬その音に気を取られた王利をマンティス・サンダーバードは見逃さなかった。
彼は口から水鉄砲を発射する。
相手を穿つ程の威力はないが、エリマキ・ガンナーより奪い取った能力である。
まさか蟷螂怪人が口から水を吐いてくるなど夢にも思わなかった王利は直撃を浴び一瞬視界がふさがれる。
出来た隙にベルゼビュート・ハンマーシャークがヘスティ目掛けて一直線に突撃する。
対するヘスティは、彼目掛けて口を思い切り開いていた。
それを視界に収めた瞬間、ベルゼビュート・ハンマーシャークの全身が危機を告げる。
次の瞬間ヘスティの口から溢れだす光の線が、ベルゼビュート・ハンマーシャークがいた一瞬前の場所を適確に穿っていた。
緊急回避とばかりに上空へ逃れたベルゼビュート・ハンマーシャークは思わず光線の先を目で追って肝を冷やす。
細く穿たれた光線は壁を貫通し、覗きこめば外が見える程の覗き穴を作りだしていたのだ。
もしもアレを直撃されていれば……ベルゼビュート・ハンマーシャークは舌打ちしながらもさらにヘスティへと突撃する。
ヘスティも第二射とばかりに大きく口を開き迎撃の構えを見せる。
「死ね! ヘスティ・ビルギ……」
ヘスティに拳が直撃すると思われた瞬間だった。
ヘスティの口から吐き出された、超音波がベルゼビュート・ハンマーシャークに襲い掛かった。