エルティア懐柔作戦
ほたるんの修復中は暇なので、首領が指令室から時折指示を飛ばして配下となった機械たちに組体操をさせている以外は、皆手持ちぶたさだった。
強いて言わせて貰うなら、電話ボックスに何人入るかみたいなノリでトイレの個室に男たちを詰め込む首領は悪魔だと思う。
ハルモネイアだけは喜び以外の感情を教えてもらうべく、葉奈と真由、ヘスティという女性陣に囲まれて講義を受けている。
変な事ばかり教わってそうなので後で確認しておこうと思う王利だったが、今はそれよりもエルティアを優先することにした。
小声で話してエルティアを部屋から連れ出す。
バグアントとバグカブトが目敏く視線を向けて来たが、隠れるほどの話しでもないので尾行を恐れることなく連れ出した。
王利に誘い出されたエルティアは周囲を気にしながらも後ろを付き従い、その背後をバグカブトが追跡して来る。バグアントの方は首領の目付役らしい。
女性連中は話に夢中なので首領の暴走を止められないと思ったようだ。
実質当っているので彼が残ったのは妥当だろう。
適当な通路の曲がり角に向うと、王利はそこで足を止めた。
人気のない場所なのでエルティアは少し緊張気味だ。
微妙に顔が赤い気がするが、何かを勘違いしているのかもしれない。
「そ、それで、話しというのは……その、葉奈さんに内緒というのはやっぱり私、そのあの、だ、ダメだと思いますそういうのは。い、いえ。別に嫌だと言う気はありません。国を救っていただいた勇者様のお望みとあれば私は全力でお答えする所存で……」
「あ~っと、何か勘違いしてるみたいだけど。俺が聞きたいのは首領に対して、今エルティアがどう思ってるかってことなんだ」
頭を掻きながら聞いてみると、明らかに感違いをしていたエルティアが慌てて被りを振った。
「そ、そうですね。勇者様の上司様だそうですし、尊敬すべき方だと思っております」
「そういう取り繕った感想はいいよ。俺を抜きにして、本当はどう思ってる?」
すると、エルティアが明らかに嫌悪感を滲ませた。
「そう……ですね。あまり人として褒められる方ではないかと。敵対する相手の内部に入り込み操り殺す方法といい。意志の無い機械や人々を操る事に躊躇いを抱いてすらいませんし、もし、バグレンジャーと呼ばれるあの方々が止めに入らなければ、新生インセクトワールドというものは本当に設立されていたと思います。意志を失くした人々を無理矢理働かせるとか……まるで……魔王のようでした」
あまり言いたくなかった言葉だろう。最後の言葉が出てくるまでの為がかなり長かった。
「まぁ、悪の秘密結社設立した人だからな。悪いことをさんざんしてきた首領にとって洗脳は今まで普通に行ってきたことだし気にもしてないだろう」
「勇者様は宜しいのですか? あの方に付いていくのは危険な気がします。私は、正直あの方を擁護する気になれません。勇者様の上司様でなければ……」
思わず続けて出そうになった言葉を飲み込むエルティア。
相手が王利だということで自重したのかもしれない。
誰だって自分の知り合いの悪口を言われるのは良い気分ではないからだろう。
「確かに、常識で見れば首領は限りなく魔王の様な人だ。倒すべき敵だって思うだろうさ。でもさ、悪の秘密結社に入った奴ってのはその常識から外れた、外された奴なんだ。俺は、首領を倒せって言われたら、護る方に回る。それは多分いつまでも変わらない。時折常識のせいで悪に成り切れなくはなるけどさ、首領を助けたいって思いは変わらない。あの人は、俺のどうしようもない人生を変えてくれた人だから」
正確には、インセクトワールド社という秘密結社だけど。と王利は心の中だけで呟く。
恩というにはおかしな話だが。王利にとっては命の恩人にも等しい人物だ。
「別に無理に首領を助ける必要はないし、尽くす必要もない。エルティアが見限りたいと思うのなら元の世界にいつでも戻すよ。でも……首領には首領の良さがあるってことも見極めてほしい。あの人がどうしようもない悪人であっても人が集まり一大結社を作り上げるだけの魅力がある人物なんだからさ」
確かにそうだとエルティアは納得する。
バグレンジャーにより壊滅させられた後も、表側のインセクトワールドは未だに存続しており様々な分野で収益をあげているのだ。
王利の家に居る間も、スマホ片手にパソコンとにらめっこする首領の姿を何度も目撃している。
その仕事ぶりは、確かに尊敬に値する。
時折黒い顔で潰せとか、買収しろとか指示を飛ばしていたが、それでも十分すぎる仕事を行えている姿はエルティアの眼に焼き付いていた。
「分かりました。もっと首領さんの近くで、彼女を見極めてみようと思います。私が尽くすべき方なのかどうかを」
「いや、別に尽くす必要はないんだけど……」
「いいんです。衣食住の世話位はしますし、インセクトワールドの副首領の座を頂いたのでその分の仕事はしませんと」
むん。と力瘤を作って見せるエルティア。二の腕がぷるぷるだ。
変に律儀なエルティアだった。
それと同時に王利は気付く。
何時の間に副首領の座なんて貰ったんだ、生き残りの自分を差し置いて。と。