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秘密結社の勇者様  作者: 龍華ぷろじぇくと
改造人間 → 勇者
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動き出す勇者伝説

 バグパピヨンが降り立ったのは、深い森の中心だった。

 地面に舞い降りた彼女はすぐさま変身を解き、連れていた二人を開放する。


「まだちょっと、鱗粉舞ってるから気をつけて」


「エルティア、手で口抑えてもう少し奥に移動だ」


 王利とエルティアは視線だけ交わして葉奈から離れる。

 ようやく吸えた空気の新鮮さに、幸福感が押し寄せる。

 さすがに呼吸無しで数百メートルの飛行は地獄だった。


 周囲に酸素は沢山あるのに酸欠寸前だったのだ。

 それもこれもバグパピヨンの能力の一つ、毒粉のせいである。

 毒蝶の怪人であるバグパピヨンは、翅を動かすだけで毒粉を舞散らすのである。


 そのため、周囲の敵ばかりか味方にまで毒の効果が及ぶ。

 バグソルジャーの面々と共同戦闘時にはできるだけ離れて闘うようにしているバグパピヨンだが、一応、仲間たちには解毒剤を打って貰っている。


「酷いなぁ。そんな逃げることないじゃない」


「全身麻痺なんて味わいたくないだろ。いいよな、自分はいくら吸っても死んだりしねぇんだからよ」


「悪かったわね。で? 結局ここってどこなわけ?」


「そうだな。とりあえず現状確認と行こうか」


 木の根本に座り込み、王利は右手のブレスレットを目の前に持ってきた。

 変身を解いた葉奈が隣に座ってくる。


「まず最初に、葉奈、いや、バグソルジャーが奇襲仕掛けて来たのは何のためだ」


「え? それは……アントがインセクトワールドが異世界への扉を開く鍵を見つけたって言ってたから、その存在の確認と、組織の行動妨害……かな」


「そうか。よくわかったな。鍵のことはインセクトワールド本社もまだ知らなかったんだぜ?」


「どういうこと?」


「俺も現場の研究者に聞かされて初めて知ったんだ。今回の坑道建築の成果がなんなのかってこと。実際、あそこで行われてたのは古代文明の遺跡調査だ。表向きでも通用する程度のな。今度行う歴史博物館に展示する品を掘り出してたんだと」


「な、何よそれ。じゃああそこ殲滅させても無意味じゃない。ううん、そればかりか、それが本当ならただの虐殺だわ」


「そうだよ。俺だってあそこにお前らが来るはずがないと思ってたんだぞ。おかげで奇襲は大成功だったけどな」


「歴史博物館かぁ。そういえばカブトがこの町にもできるとか洩らしてたわね。インセクト社が出資してるから良い顔してなかったけど」


「まぁ、とにかくだ。お前らが狙ってたのがこれ」


 と、王利は自分の右腕を見せびらかす。


「えっと……ブレスレットって奴よね。それとも腕時計?」


「ああ。博物館に飾る目玉品になるはずだった、異世界に移動する鍵」


「へぇ。王利君が持ってた……ん?」


 どうやら辿り付けたらしい。

 葉奈は信じられない、いや信じたくないと頭を抱えてしまう。


「ようするに、今俺らがいるのは異世界っつー場所だ。このメモリから察するに、十七番目の世界ってとこか」


 二十六のメモリが付いたブレスレットを指して見せる。

 葉奈はそれをまじまじと見ながら、ゆっくりとエルティアを覗き見た。

 二人が話しだしたので手持ちぶたさで佇んでいた。


 彼女の耳は人の耳より長く、人間という種族に入れるにはあまりに異質。


「じゃあ、彼女って……」


「正真正銘エルフ族って奴だろ。この世界でどう呼ばれてるか分からねぇけどさ」


「ちょ、ごめん。なんか、ショックが大きすぎて現実受け入れるまでかかりそう……」


 理解を越えた現実に頭から煙を噴き出した葉奈は、木に背もたれる。

 しばらくなにも頭に入りそうになかった。


「いいよ、こっちのことは俺が聞いとく。休んどいてくれ」


 力尽きた葉奈から離れ、王利はエルティアの元へ向かう。


「話、終ったの?」


「ああ、今度は君の番だ。置かれた状況を知りたい」


「そう言われても……とりあえず脱出出来ればよかっただけだし」


「行くあては?」


「う……」


「葉奈のこと魔物とか言ってたけどここって出るんだろ、魔物」


「うぅ……」


「兵士の一人がエルティア様とか言ってたよな。お前、家出だな」


 質問攻めのエルティアは、返す言葉が無く王利の声に呻くのみだ。

 やがて眼に涙を貯めで泣きそうな顔で王利を見上げる。


「だって、だって私、このままじゃ魔王の生贄にされるんだからっ、逃げ出したっていいじゃないっ」


「魔王の……生贄?」


 いきなりの不穏なワードに鸚鵡返しをしてしまう王利。

 言ってからしまった、これで関わるフラグを立ててしまったと気付くがもう遅い。


「そうよ。魔王ネクルスが周辺国に、侵略されるか属国になるかを迫ってきて、属国になるなら姫を一人生贄にさしだせって……知らない?」


「悪い、そういう情報に疎くてさ」


「魔王の軍勢は強力なの。聖女様が伝えた伝説の勇者様でも現れてくれればいいんだけどね……」


「伝説の勇者? 聖女伝説……?」


「世界に邪悪が蔓延る時、天より黒き御使いと共に導かれし勇者が第四世界より舞い降りる。地獄の業火、厳寒の冷気すら撥ね退け、勇者は光の魔法で邪悪を滅するだろう」


「勇者伝説って奴か」


「ええ。無敵の勇者様でしょ? 実はあなただったりしてね」


「俺? なんでまた」


「ほら、黒き御使い。二人とも突然現れたし。第四世界とかはよくわかんないけど」


 と、エルティアが指すのは葉奈。

 確かに、黒い容姿のバグパピヨンは黒き御使いだろう。


 そして第四世界。

 確かドクターレポンズがそんな言葉を言っていた気がすると王利はぼんやり考える。

 彼女の言う伝説は王利のことを指してると言われても仕方ないと言えた。


「俺が勇者ってなぁ業火とか冷気とか冗談じゃないぞ」


 でも……と王利は考える。

 自分なら、確かにできなくはないと。

 どれほどの業火でも、全てが氷る程の冷気でも、彼には、怪人としての彼になら、耐えきれるはずなのだ。理論上は。


 彼の怪人としてのコンセプトは、いかなる状況下でも生還すること。

 こと生存に関して、おそらく最強とも言える生物を元にしたものなのだから。


 いや、むしろ科学者たちがちょっと勘違いをしてくれていたおかげで元になった生物より強力な改造人間になったのだ。


「そうだよね。魔王を相手になんて無理だよね。私が生贄にならなきゃエルフ族は全滅させられちゃうし……行かなきゃ……ダメだよね」


「そりゃ、確かにきついよな」


「なんとか、できないかな。私、死にたくなんてないよ」


「まぁ、その魔王って奴がどれほどか分からないけどさ、助けてくれんじゃ

ないか、正義の味方って奴がさ」


 と、木陰で休んでいた葉奈を横目で見る。


「全く、こっちはまだこんがらがってるってのに。魔王だかなんだかよく分かんないけどさ、そんなこと聞いちゃったらやるしか無いじゃん。正義のスーパー戦隊だもんね」


 葉奈は立ち上がり、エルティアの前に来る。

 そう、彼女は正義の味方なのだ。

 その目の前に生贄にされそうなか弱き民間人がいる。

 闘うには、それだけで十分な理由だった。


「いいわ。エルティアちゃんはあたしが護ってあげる」


「でも……」


「大丈夫。正義の味方に任せなさい」


 半信半疑なエルティアだったが、葉奈が魔物のような姿になれることは既に知っているのだ。

 少しだけだが、つい期待してしまっていた。


「まぁ、怪我しないよう気をつけてな」


「って、王利君手伝ってくれないの!?」


「だって俺、正義の味方じゃねぇし。むしろ悪の手先だぜ?」


「でもほら、宿敵が手を取り合ってとか、よくテレビでやってるじゃない」


「うーん、そういうの柄じゃないなぁ」


 と、言いつつも、葉奈は彼女なのだ。

 一人だけ死地に赴かせる気など、王利にはなかった。

 さすがに命がけは御免被るが、葉奈が敵わない相手なら自分も多分勝てないだろう。

 生存に重きを置いたせいでこと打撃力は余りないのが王利なのだから。


「とりあえずさ、話が纏まったなら親父さんに会いに行こうぜ」


「お父さんに?」


「エルティアが姫だってなら父親は国王だろ? いくら葉奈さんでも軍隊相手に一人は辛いだろ。どうせなら周辺国巻きこんで多国籍軍で包囲しちまおうぜ」


 悪人としてはやはり自分の手は汚すことなく勝利を手にしたいものである。裏で手を引く黒幕ほど安全で強いものはいないのだ。

 もっとも勇者や正義の味方が相手になると途端噛ませ犬に早変わりするのだが。


「それはちょっと無理かなぁ。エルフ族だってダークエルフとは仲が悪いし、ドワーフ族なんて堅物ばっかりだし、ピスキー族は異世界に逃げ込んでるし」


 まとまりのない種族ばかりいるらしい。


「前に言ってた和族ってのは?」


「かなり遠くだから預かり知らないって見物に回ってる」


「世界の危機って時に静観かよ」


「仕方ないよ、鎖国中だもん」


 動かせるとすればエルフ族の軍隊だけらしい。

 周辺国が全て力を合わせれば何とかなりそうなものだが、自国にしか興味が無いのであれば魔王軍の圧勝はおそらく確定しているのだろう。

 それこそ、ゲームのように勇者が現れ全ての国を纏めあげたりしない限りは。


「頑張ろ、王利君」


 手を差し伸べてくる葉奈に観念して、王利はその手を取った。


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