5項目 半端な催眠術も危険だね?
◆二十九階
時間は二人と一匹が上でドンパチやってた頃まで遡る。
中年の男は相変わらず聖の催眠にいそしんでいた。
「所長、サンプルNo.9434が押されています」
「そうか。なら追加すれば良かろう。俺は忙しいんだ」
所長と呼ばれた男は、協力に暗示をかけていく。
「大変です所長。サンプルNo.9434の残りが後僅かです!」
「知るかそんなもん」
研究員は絶句した。
「どうせここには入って来れまい」
扉にはセキュリティーがかけてあり、認証書が無ければ入って来れない事になっている。
「よし、ありったけのサンプルを投入しろ。侵入者を殺せば更に給与も株も上がるだろう」
「全、サンプルを投入しろ!」
所長は指示を下し、聖が完全に催眠術にかかった事を確信した。
「さあ、起きるのだ」
聖が焦点の合わない目を開く。
「ベットに横になれ。衣服は……まあ俺が脱がしてやろう」
所長はニヤニヤとしたいやらしい顔で促す。何をしたいのかは大体予想は付く。
聖の容姿はそれなりに綺麗で欲が働くのも、まあ分からない事も無い。
当然この男が表に居た頃は『婦女暴行』で捕まっていた。
完全に催眠術にかかった聖はおとなしくベットに、行かなかった。
「どうした?」
とろんとした目の聖は動かない。
「おい、この娘を押し倒せ」
部下に聖を押し倒すよう命令する。
しかし聖を掴む前に研究員がいきなり上にめり込む。
聖の《旋風》。渦を巻いた風が研究員を頭から天井にぶつける。
嫌な音がした。即死だろう。
「何だ、どうした。は、早くベットに――」
最後まで言い切る前に、所長の体が近くにあった機材と共に吹き飛び、壁に叩きつけられて潰れた。即死だろう。
《下降》。ダウンバースト現象を起こす過術。風速九十キロメートル毎時に及ぶ風が斜め上から落ちてきて、対象を吹き飛ばす。
聖の口もとは、愉しそう笑っている。
「あはは、ははは。――愉しい」
聖の中には耐え難い衝動があった。
『殺せ、コロセ、壊せ、粉々に――』
『殺人衝動』と『破壊衝動』
理性を総動員すれば止めれるのだろうが、半分寝ている頭では無理だ。
男も『性行為をしよう』と暗示をかければ死ななかったのだろう。
そして異変に気がついた他の研究員が奥から現れてきた。
「所長?な、し、死んでる……!」
聖はそんな驚く研究員に《無空》をかける。
「……っ?………!」
いきなり隣の同僚が暴れだしたのを見て他の研究員は慌てた。
「何だ!?どうしたオイ!?」
だが暴れる研究員は喉をかきむしって絶命した。
《無空》は真空状態を作る過術。結果呼吸不能で死に至る。本来は単に真空状態にするだけ。
「やろ――」
聖は近づいて
「は、女が男に勝てるわけねえだろ!こっちは空手もやってたんだよ!」
迫る男たちの拳を避けて
「チョロチョロと――」 首に手をかけ、へし折った。
ベギャ、と骨の砕ける嫌な音がして聖は追撃と言わんばかりに肘鉄、倒れた男を踏みつける。
「考えが古臭いよ。いや、私の力ごときで折れるって骨粗鬆症?」
口もとは相変わらず笑み。
「クソ、なら《爆裂》で――!」
「止めときなさい。酸素とかなくなって死ぬわよ?もっとも――」
聖は笑って式を組んだ。
「どちらにしてもここで消えるのだけど」
床から天井から壁から糸が出てくるように見える。
全て聖から出ているのだが射出が早過ぎて見えない。
《鋼糸》斬鋼線を作る過術。用途は、切断。
容赦なく研究員たちに絡みつく斬鋼線を、一気に引いた。
「惨劇の場は血の雨が降るってね」
べしゃあ、と血が降りそそぐ。
「ふふん、昔からの言葉の比喩もバカには出来ないわ、ね」
血を浴びて幾分か冷静になった頭で思考する。
「明日の学校どうしよう?コレじゃ一日じゃ取れないよね」
ぐっしょりと血で濡れた制服をつまむ。
普通の人なら落ち着く前に逆に混乱するだろう状況なのにもかかわらず、クールダウンしていく聖。
そのとき上から誰か下りてくる足音がする。
「新手?まあ、何でも良いけど」
階段を下りて来たのは
「聖――!」
茂と晶と
「ピカチ○ウ?」
有名なあれが居た。
とりあえず合流完了。
「おいおい、大丈夫か。血まみれだぞ?」
「まあ、私の血じゃないし」
「ああ、だから血の臭いがしたのか」
『……明らかに異常事態なのにナチュラルに会話しとる』
聖は一緒硬直して
「……喋った?」
『喋るでそりゃ』
スティーブはあっけらかんと言う。
「言うまでもなくそっちのが異常よ?」
「どっちが異常かなんて比べていたら日が変わる。次行くぞ」
エレベーターだから楽だと付け加える。
「そうね。さっさと出ましょう」
◆??????
「全、滅、だと……?そんな莫迦な!」
モニターの前で男は絶叫した。
「残りの構成員も僅か……それもほとんどが戦意喪失しております。足達をやられたのが痛かったかと」
女は冷静に判断をする。
「そもそも、マンホールに入り口なんか作るのが莫迦だったのでは?」
「煩い!訳の分からないところに入り口を作るのが我が美学だ!」
あの縦穴を入り口なんかにするといろいろ危険な気がする。
「で、どうするんです?先ほども言いましたが残りは戦う気すらありませんよ?」
「今考えている!大体、何でたかが高校生風情があんなに戦い慣れをしておるのだ!」
「ご自分で聞かれてはどうです?」
あまり助言にはならない一言だが
「おぉ、そうしよう。だが何か先手を打っておかねば……」
男は名案だと言わんばかりに頷いた。
(大丈夫かなこの人……?)
女は心の中で行く末を心配し始めた。
◆地下二十七階
「エレペーターで一気に上まで上がれるか、謎だ」
「どうして?乗ったらイッキでしょ?」
「途中でワイヤーがぶち切れたりしないかとか考えろよ」
『きたでー』
エレベータが止まる。
「全員横に!」
エレベータの扉が開くと、特に何にも無かった。
「拍子抜けだな」
「何かしらあると思ったんだが……」
『みすみす逃がしたりはせんと思うんやけどなぁ』
「あっちも結構やられちゃったから諦めたのよ、きっと」
エレベーターに聖が乗る。
『あきまへんて!』
「あ、おい!」
「何ー?」
またもや何も起こらなかった。
「……マジか」
「……マジのようだ」
『マジですな』
「……なあ、俺らはアホか?」
「いや、気をつけるに越したことはない」
そうして皆が乗り込んだ。
◆エレベーター内
「動かないオチは無いよな」
正常に作動する。
「ワイヤーが軋んでたりは」
それもない。
『爆弾とかあらへんの?』
見渡してもそれもない。
念のためエレベーターの外も調べたがない。
「疑い過ぎよ」
『疑わなすぎだ!』
詰まるところ不自然である。
「そんなに怒鳴らなくても。向こう側の配慮かもよ?」
「あんだけ凶悪な犯罪者を出しといて今更見逃すか?」
「かなりの痛手のハズ。みすみす出すとは思えない」
表示は地下十階。そろそろ地上である。
『なあ、わいみたいのがおるさかい絶対出してくれる分けないやないの。CC細胞は違法やで?』
スティーブが指をさす。
「そういえば違法だったなCC細胞。ピ○チュウに驚いて忘れていた」
『忘れていたって……まあええわ』
あるのか無いのか分からない肩を落とし短い腕を組んだ。
「ピカチュ○って本当に腕が組めるのね」
聖が変なところに感心する。
『お、ほんまや。そうや、こんなんあらへんの?』
スティーブは三人に耳打ちした。