35.久しぶりの先輩
その後も朝陽先輩はお店にコロッケを食べにくることもなくなり、僕の日常は朝陽先輩と関わる前の日常に戻った。
部活を引退すれば帰る時間も早くなるから、わざわざ寄らないよね。
むしろ、毎日コロッケを食べていたから、少し体の心配もしていたし、ちょうどいいのだろう。
「なあ、王子先輩と連絡してるのか?」
「朝陽先輩? 特に連絡してないよ」
「はぁー」
お昼ご飯を食べている僕に悠人はどこかイライラしていた。
「悠人のお弁当を作らなかったから怒ってるの?」
「おい、俺を王子先輩と同じ食いしん坊にするな」
「……悠人もよく食べるじゃん! さっきも僕の卵焼き――」
「直は静かにしろ!」
そう言って、僕の口を押さえて、悠人はどこかに電話をしていた。
「あっ、王子先輩。ちょっと校舎の裏に来てもらってもいいですか?」
『なんで校舎裏? 悠人が来てくれれば――』
微かに漏れる朝陽先輩の声に僕は懐かしい気持ちを感じる。
それにしても、校舎裏に何か予定があるのだろうか。
「いや、さすがに俺でも三年生の校舎には入りづらいっすよ。二年からちょっとしたお礼があるので、すぐに来てください」
『ああ、わかった』
そう言って、悠人は電話を切った。
「校舎裏に行く予定があるんだね」
「ああ、直がな!」
「……どういうこと?」
首を傾げると、悠人はニヤリと笑って僕の肩を叩く。
「さあ、朝陽先輩が待っているぞ!」
「えっ……」
「ああ、弁当のことは気にしなくていいからな? 俺が食べてやる」
悠人は僕を早く校舎裏に行かせるように、僕のお弁当を食べ始めた。
相変わらずお節介なのか、勝手なのかはわからない。
でも、それが悠人らしい気がする。
僕は言われた通りに校舎裏に向かう。
「朝陽先輩と会うのは久しぶりだな。……ん? まさか悠人は弁当を食べるために朝陽先輩を呼んだのかな?」
今日に限ってずっと悠人は僕のお弁当を見ていたのを思い出した。
あいつも朝陽先輩と同じ食いしん坊じゃないか。
バスケ部のエースは代々食いしん坊じゃないといけないのだろうか。
そんなことを思いながらも、校舎裏に足を動かすが、次第に足は止まった。
「何を話せばいいんだろう……」
いざ、会わない日が続くと、どうやって接すればいいかわからなくなる。
僕はどうやって朝陽先輩と話していただろうか。
「ちゃんと説明すればいいか」
僕はメッセージを送って、悠人が騙したことを伝えようとしたが、ポケットにスマートフォンが入ってないことに気づいた。
これは直接言いに行くしかないようだ。
少しドキドキしながら校舎裏に行くと、朝陽先輩はすでにベンチに座って待っていた。
「お前ら遅い……」
朝陽先輩はベンチから立ち上がり振り返った。
「お久しぶりです」
だけど、僕の顔を見てどこか気まずそうな顔をしていた。
その表情に少し胸が締め付けられる。
それにどことなく痩せたようにも感じる。
「悠人が勝手に嘘をついて呼び出してすみません」
「いや……大丈夫だよ」
朝陽先輩はベンチにゆっくりと腰掛けた。
「すぐに連絡しようと思ったけど、スマホを教室に忘れて。なので、朝陽先輩も戻って――」
「直、ちょっと話をしてもいいかな?」
朝陽先輩はベンチの隣を叩くと、僕に座るように言ってきた。
僕は言われた通りに隣に座る。
だけど、しばらく経っても朝陽先輩は話すことはなく、ただ正面をずっと向いていた。
「そろそろお昼休みも――」
「直、ごめん」
立ち上がろうとした瞬間、朝陽先輩は僕の腕を掴んだ。
その手はどこか震えていた。
「あんなに直が応援してくれていたのに勝てなかった……ごめん……」
朝陽先輩は声を絞り出すかのように話し出した。
その声は弱々しく、普段の元気な朝陽先輩ではなかった。
「朝陽先輩は頑張ってましたよ」
「うん……。でも、勝てなかった」
僕はそんな朝陽先輩の頭を撫でる。
弱っている姿を初めて見た。
試合が終わった時も、朝陽先輩はみんなを慰めていたからね。
そんなことができるのは朝陽先輩が誰よりも優しくて、人思いだからだ。
「直に合わせる顔がなくて、ずっと連絡も返せてなかった。本当にごめん」
朝陽先輩の中で応援してもらっていたのに、勝てなかったことが辛かったのだろう。
「少し寂しかったですけど、大丈夫ですよ」
そんな朝陽先輩を僕はただ慰めることしかできなかった。
お昼休みが終わるチャイムが鳴っても、僕は朝陽先輩が落ち着くのを待つ。
「授業サボっちゃったな……」
「僕たち不良ですね」
落ち着いた朝陽先輩に僕は微笑む。
今まで授業をサボったこともなかったため、これはこれで新鮮だ。
「直には負けるな……」
「えっ……朝陽先輩、僕のこと不良だと思ってたんですか?」
僕の言葉に朝陽先輩はクスクスと笑っていた。
どこから見ても僕は真面目な模範的な生徒の一人だからね。
ちゃんと授業も寝ずに受けているし。
「くくく、直に会って元気もらえたよ」
「それは良かったです」
あんなに校舎裏へ来るのを躊躇ったのに、気づいたら僕たちは前みたいに話せるようになっていた。
「そういえば、あれからお母さんに親子丼作りましたか?」
「いや、まだご飯の炊き方が……」
まだ朝陽先輩は親子丼を作っていなかったようだ。
「それなら空いている日にでも、ご飯の炊き方と親子丼の作り方を復習しますか?」
「本当?」
朝陽先輩の顔がいつものように明るくなった。
やっぱりどこか食いしん坊で、元気な姿の朝陽先輩の方が僕は好きだからね。
「約束しましたし」
「じゃあ、今週はどうかな? もう俺も部活ないし、受験に向けて勉強を始めるぐらいだから、時間はあるよ」
「なら今週にしましょうか。また連絡をしますね」
「わかった!」
あまり長いこと授業を抜け出すわけには行かないからね。
ひっそりと何事もなかったように戻らないといけないから、どこか緊張する。
「あっ、ちゃんとメッセージ返してくださいね」
「くくく、わかってるよ」
朝陽先輩はチャイムが鳴るまで、しばらくはここに座っているらしい。
僕はそんな朝陽先輩に手を振って、教室に戻ることにした。
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